スティーブ・コーゼンの軌跡

英米でリーディングに輝き、5か国のダービーを制覇した天才騎手スティーブ・コーゼン (Steve Cauthen) に関する情報を記載します。

「逃げて差す」かのような「変化自在の逃げ」-逃げる→直線までに後続に交わさせる→そこから差してくる-

日本では横山典弘騎手が、逃げて一度後続馬に交わさせ再び先頭に立つレース(2014年の安房特別2014年の京都記念など)、逃げている馬の位置を一度下げたあと(主に残り800~400m付近で先頭を譲ったあと)ゴール前で差し切るレースを行い「逃げて差す」「変化自在」「神騎乗」などと評される騎乗を行うことがありますが、コーゼンもこの手の騎乗をよくしていました。実際のところは、両騎手とも「逃げて差している」といった感覚はないでしょう。戦略的な部分もゼロではなかったでしょうが、それ以上に馬の気分やリズムを尊重し、そのうえで他の騎手の仕掛けに惑わされない騎乗を行った結果だと思います。「結果として」逃げて差しているように見えるだけでしょう

以下の1989年のレース(1989/8/25)はその典型。見事というほかありません。コーナー2回のみ、直線約800mの1マイル (約1600m) 戦。この紛れが生じにくい距離とコースで、以下のような変化自在な逃げを行うことがどれほど難しいことか

(以下の動画7:40~のレース)

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先にも述べましたが、コーナー2つの1マイル戦、しかも最後の直線が約800mの紛れが生じにくいコースで、この変化自在な逃げを行うことが、どれほど高度で難しいことか。しかも、これだけの騎乗をしながら、奇を衒う様子が一切なくサラッとやってしまうところがコーゼンの凄さであり、恐ろしさです。最後に追い出しを開始するために馬を外へ導く際に、冷静に二段階に分けて外に出し、前の馬に進路を邪魔されないところまで一切の無駄な動きなく瞬時に移動してから追い出しを開始しているところも含めて、圧巻の騎乗です

コーゼンはレスター・ピゴットやパット・エデリー、日本にもたびたび短期免許で来日したマイケル・ロバーツマイケル・キネーンらを相手に、このような変化自在な騎乗をして結果を出し続けました。

他のエントリーでも取り上げた以下の1984年ロイヤルアスコット開催中のHardwicke Stakesでは、約2400m (1m4f) 戦でスローに落とし込んで逃げるコーゼン騎乗のKhairpourが、800m通過付近で後続馬にいったん先頭を譲り、残り800m付近から自ら進出を開始して4コーナーでは再び先頭。更に直線でレスター・ピゴットのジュピターアイランド (Jupiter Island, 1986年のジャパンカップ勝馬)に一度交わされるも、コーゼンは最後までリズムを崩さず追い続け、残り100m地点で差し返して勝利を収めたレース逃げ馬に騎乗して二度も先頭を譲りながら、一分たりとも馬のリズムを最後まで崩させず、それでいて積極的に自ら動き、自在に馬を操って勝たせた圧巻のレースです。最初から最後までレースの主導権を握り、能動的にレースを支配しているのはコーゼン。まさに天才の騎乗

1984 Hardwicke Stakes(以下の動画5:14~)

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この日のロイヤルアスコット開催には、アメリカからビル・シューメイカーも参戦していました。その超豪華メンバー、レスター・ピゴットやビル・シューメイカーらの名だたる名手たちを翻弄するかのような、24歳のコーゼンによる名騎乗ですね。それにしても、コーゼンは一度交わされてからゴール付近で再び先頭に立つ勝ちパターンが本当に多い。

800m通過付近で一度交わされる

4コーナー付近から進出開始

4コーナーを先頭で回る

残り400m地点でレスター・ピゴット騎乗のJupiter Islandに交わされる

残り100m付近で再び先頭に立つ

ゴール後すぐにコーゼンに近寄って話しかけているのがビル・シューメイカーです。とても美しい光景。1978年に18歳でアファームドとともに三冠を勝ち取った後、スランプに陥ってアメリカを離れた天才少年が、その6年後に、異国の地でこれだけの騎乗をしてみせた。コーゼンより30歳年上のシューメイカーも感嘆したのでしょう。この部分だけでなく、ロイヤルアスコット開催でレスター・ピゴットとビル・シューメイカーが共闘している姿が映っている部分も含めて、資料的な意味においても、この動画(映像)はとても貴重だと思います。

つづいて、以下の1990年レーシングポストトロフィー(2歳G1)も、道中は逃げて先頭から、直線ではいったん他馬を先に行かせ、最後の最後にハナ差だけ図ったように差し切ったレースです。

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コーゼンは「逃げ」でヨーロッパのレースを勝ちまくりました英ダービー仏ダービー愛ダービーなどのクラシックレースでの逃げでの勝利は有名ですが、他のG1レースなどでも絶妙のペース配分と駆け引きを武器に、逃げて勝ったレースが山のようにあります。これだけ多様な「逃げ」によってヨーロッパで勝利を収めた騎手は、他に一人も存在しません。同じくアメリカからヨーロッパに移籍して大活躍したキャッシュ・アスムッセン (Cash B.Asmussen) も逃げでの勝利はコ―ゼンほどありません(大レースでは特に)。アメリカの騎手だからヨーロッパの騎手より逃げに抵抗が無かった」といった理由で逃げて勝ちまくることが出来たわけではないのです。

◆1985年 イギリスダービー(スリップアンカー)

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◆1987年 イギリスダービー(リファレンスポイント)

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◆1987年 英セントレジャー(リファレンスポイント)

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◆1989年 アイルランドダービー(オールドヴィック)

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◆1989年 フランスダービー(オールドヴィック)

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コーゼンはイギリスでも "clock on the head" と称されるように、ペース判断能力(いわゆる体内時計)が正確無比といえる程ずば抜けて優れていたという側面もあるのでしょう。ただ時計と言っても「1ハロンxx秒、1000m通過x分x秒」といった数字的な把握ではなく、馬のリズムとレースの流れの掴み方が天才的だったということです(そうでなければ、同じコース・同じ距離でも天候によって10秒近く勝ち時計が変化する欧州で、これだけ自在に逃げて勝てるはずがない)。そして、おそらくコーゼンは、自らの馬が使える脚の量(どれくらい脚が残っているか)とゴールまでの距離を他の騎手以上に、正確に把握できていたのだと思います。ですから、他馬の仕掛けに惑わされることが無い。自らの馬の脚を使わせ切ってゴールさせることに集中している。これもコーゼンの天才といえる部分でしょう。

自らの馬が使える脚を正確に把握し、他の騎手に惑わされず自分の馬の脚を使い切ることが出来るという意味では、逃げではなく道中2番手で進めたレースではありますが、以下の2レースも「同じこと」をしているといえるでしょう(他のエントリーで取り上げた1983年のレースと、1990年にJCに来日したBelmezで勝利したレース)。

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コ―ゼン以前にも以後にも、欧州でこれだけ多彩な「逃げ」で勝った騎手は一人もいませんし、おそらく、今後も二度と出ることはないでしょう。

※コーゼンの逃げを集めた別のエントリーは以下です。

stevecauthen.hatenablog.jp