スティーブ・コーゼンの軌跡

英米でリーディングに輝き、5か国のダービーを制覇した天才騎手スティーブ・コーゼン (Steve Cauthen) に関する情報を記載します。

「繊細」かつ「大胆」、真の意味で「正確」な騎乗②ーディミニュエンド (Diminuendo) と制した英・愛オークス、アラジ (Arazi) と制した最後の重賞制覇 ほか ー

先のエントリーで、コーゼンの騎乗はとにかく「丁寧」で「繊細」、それでいて「大胆」、本当の意味で「正確」な騎乗だと書きました。

その観点から言うと、ディミニュエンド (Diminuendo) で勝利した2つのオークス (1988) も素晴らしい。1988年のイギリスオークス (12f, 約2400m, エプソム競馬場) の最後の直線でも、本当に丁寧に馬を動かしています。イギリスオークスを含めてGⅠを3勝することになるディミニュエンド (Diminuendo) に騎乗して圧勝したレースです。このイギリスオークスでの最後の直線、馬群の大外から一気にラチ沿いに切れ込んでいくのですが、その切れ込み方、進路の取り方が、あまりに鮮やかで全く無駄が無いのです。最後の直線を向いてから、外から内へ一頭いっとう、内側の馬の横にピタっと付ける→内側の馬が下がる→瞬時に内側の馬の前を横切り、その内にいる馬のよこにピタっと付ける・・・を繰り返して内ラチ沿いに進出。圧勝するだけの脚がある馬で、不利なく内側に移動するなどトップジョッキーにとっては当たり前の技術と言われればそれまでなのですが、コーゼンは本当に他馬に一切の不利を与えずに、隣の馬より前に出た瞬間、進路ができた瞬間にスッと横に動くのです。馬の姿勢も、コーゼンの姿勢も全く乱れることがありません。ここまで時間的・空間的な無駄がなく馬の進路変更を行える騎手は、本当に稀だと思います。

◆1988年 イギリスオークス

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大外から進出開始。内側の白い勝負服の馬が下がるのを待つ。

白い勝負服の馬が下がった瞬間に内側へ一頭分進出、隣の緑の勝負服の馬の横へ。
(緑の勝負服の馬の横ではいったん止まっていないように見えるが、よく見ると実際はほんの一瞬、止まって緑の馬が下がるのを待っている)

緑の勝負服の馬が下がった瞬間に、その前に進出。

瞬時に白い勝負服の馬の横へ移動。白い勝負服の馬が下がるのを一瞬待つ。

白い勝負服の馬が下がった瞬間、その前の進路へ移動。

全ての馬を「舐めるように」交わし、そのまま独走態勢へ。

イギリスオークス後に出走したアイルランドオークス (12f, 約2400m, カラ競馬場)でも、外から内側に切り込む際に、接触スレスレのところで隣の馬の前に出ている。そして内から進路を主張する馬の邪魔をしないまま先頭に接近。そして本格的に追い出し開始。追い出し開始時は長手綱、最後の追い比べでは短い手綱と、手綱の長さを自在に変えて追っている。その切り替えも鮮やかです。最後はなんと1着同着。

◆1988年 アイルランドオークス

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長手綱で追い出し開始

となりのシャドーロールの馬をほんの僅か前に出てから交わす

内から進路を主張する馬(赤帽)を邪魔しないまま馬を追う

残り200m手前でパッと手綱を短く持ち直す

残り200mから本格的に追い出し開始

最後は同着でゴールイン

最後に、1992年10月4日、引退直前のコーゼンによる、最後の重賞制覇の騎乗について。コ―ゼンはロンシャン競馬場Ciga Prix du Rond-Point (ロンポワン賞)を、前年1991年のBCジュヴェナイルを圧勝して「セクレタリアトの再来」だと大騒ぎになったアラジ (Arazi) と勝利しました。4コーナーを回り、左前の緑の勝負服に進路を取られないよう「スッスッ」と手綱を動かして進路を確保し、すぐに手を元に戻す。そのままアラジが先頭に立つと、慌てることなく、そこから本格的に追い出しを開始。その際、追いながら手綱をスルスルと長めに持ち直し、じんわりと追い出しているところも本当に丁寧です。

◆1992年 ロンポワン賞(最終コーナー~最後の直線のみの映像)

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軽く手綱を動かしてアラジの進路を確保

進路確保後、すぐに手を「持ったまま」の状態に戻して、追い出しをギリギリまで待つ

残り400mを切ってから、あらためて本格的に追い出しを開始。

手綱を少し長めに持ち替えて、じんわりと追い出す
(追いながらスルスルと手綱の長さを変えている)

これが現役最後の重賞制覇

ブッちぎりの圧勝ですが、ここでも「粗さ」が一切ない進路確保、馬の誘導、追い出しのタイミング。そして、ディミニュエンドのアイルランドオークスとも共通する、手綱の長さの切り替えの的確さと鮮やかさ。40秒ほどの映像ですが、きめの細かい騎乗に感嘆します。どのようなレースであっても、コーゼンは「荒い・粗い」騎乗を見せることはありませんでした。レース全体を通しての判断や馬上での所作が、時間的にも空間的にも限界ギリギリまで無駄がなく、それでいて思い切りが良い。「美しい」というより「鮮やか」という言葉が相応しい騎乗のような気がします。もちろん、大スランプの時期もありましたし、本人からしたら「上手く乗れなかった」と感じたレースの方が多かったのでしょうが(コーゼン本人に聞いたら「ほとんどのレースは納得していない」と答える可能性もある)、コーゼンが引退してから30年以上が経った今の時点から見直しても、これほど「正確」で「鮮やか」な騎乗を行うことができた騎手が存在したことに、レースを見返せば見返すほど、私は驚かされるのです。

1976年にアメリカでデビューしてから16年後の1992年、32歳でスティーブ・コーゼンは現役を引退し、その後、二度とターフに戻ってくることはありませんでした。

追記 (1991 Newgate Stud Middle Park Stakes)

2着のレースですが、コーゼンの馬群捌きの技術が見られるレースをご紹介します。

1991年の Newgate Stud Middle Park Stakes です。コ―ゼンはシェイク・モハメドの勝負服の馬 Lion cavern に乗っています。残り200mから追い出すのですが、ラチ沿いから4頭分、馬群の外側へ一気に追いながら移動しています。この間、一度もブレーキを踏まず、「ピタッ」と移動後に止まったときも手綱を動かし続け、そのまま最後まで追っています。馬の顔や首も進路変更時に上がったりすることもありません。サラッとやっていますが、これほど見事な進路変更を行える騎手は殆ど存在しないでしょう。

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ラチ沿いから追い出し開始

ここで「ピタッ」と止まる。止まっても馬の首は全く動かない。
しかも手綱の動きも止めることなく、そのまま追い続ける。

何度も書いていますが、道中であれ最後の追い合いであれ、コーゼンが馬群を捌くときは時間的・空間的な無駄がありません。余計に動きすぎて他馬に不利を与えることもない。このレースでも余分に外に出すようなことは一切せず、先頭の馬の右側一頭分のところでピタッと止まる。しかもその際に、馬の顔や首が全く動きません。それでいて追いっぱなしで全力疾走させ続けています。極めて高度な技術です。こういう捌きができるからこそ、40頭立て最後方から馬群を捌いて勝つような神業の如き騎乗ができるのです。