スティーブ・コーゼン同様、完璧といえる鞍はまりの騎手たちです。
メモもかねて。こちらは随時更新していきます。順不同です。
①福永洋一
本記事の後半でも触れますが、誇張でなく「1970年代の日本人騎手の中にビル・シューメイーカーが混ざっていた」という譬えでよいかと思います。異次元の鞍はまり。
・1976年 神戸新聞杯(トウショウボーイ)
完璧なレース運び、完璧な鞍はまり。道中の姿勢から異次元。
「足すところも引くところもない騎乗」とは、こういう騎乗のことなのでしょう。
・1977年 エリザベス女王杯(インターグロリア)
・1975年 桜花賞(勝ち馬テスコガビー、福永洋一は3着トウホクサカエに騎乗)
テスコガビーがぶっちぎりの圧勝劇を演じた伝説のレースですが、勝ったテスコガビーが凄いのは当然として、ゼッケン12番の3着トウホクサカエの福永洋一が凄まじい騎乗をしています。
道中、最初は最内にいながら、自ら2〜3馬身後ろにスッと下げて、大外を捲ってくる。




最内にいた馬がいつの間にか大外にいて捲ってきている。


福永洋一を見ていると、「道中」と「最後の直線」の区別などしていなかったのではないかと思えてくる。二ホンピロムーテーしかり、インターグロリアしかり、ハードバージしかり。とにかく動きたい時・動くべき時にスッスッと馬を前後左右へ自在に動かしている。真の天才騎手とはこういうものなのでしょう。
※共通してみられる「動くポイント」は存在します。たとえば先の2つの桜花賞の残り800m地点、二ホンピロムーテーの菊花賞の第2コーナーなど(トウショウボーイに騎乗して3着だった1976年の菊花賞でもニホンピロムーテーと同じように第2コーナーでスッとポジションを上げています。おそらくニホンピロムーテー同様、トウショウボーイの本質をマイラーだと判断しての騎乗だったと思います)。 ただ、そうしたポイントで動こうと思って動ける騎手、しかも騎乗馬を掛からせることなくリズムを守りながら動ける騎手は、歴代のJRA騎手のなかには他に一人も存在しないと思います。
1978年、オヤマテスコで勝った桜花賞でも基本的に同じ動きをして勝たせています。







②レスター・ピゴット
1990年に現役復帰した後の水上ボートに乗っているかのようなフォームも圧巻ですが、若い時のピゴットもやはり別格。ニジンスキーのセントレジャーは、全盛期のピゴットの騎乗姿勢が明確に映っていて、人馬の映像ともども貴重なもの。
・1970年 アイルランドダービー(ニジンスキー)
・1970年 英セントレジャー(ニジンスキー)
・1991 Reference Point Sceptre Stakes
56歳のピゴット。シンガリのピンクの勝負服の馬(You Know the difference)に騎乗しています。このクラスの騎手になると、この年齢でも一頭分のスペースに瞬時に突っ込んで馬群を捌いてきます。コーゼンは騎乗していませんが、デットーリ(3着)、ロバーツ(4着)、エデリー(7着)らを相手に圧巻の騎乗を見せています。ダイナミックな騎乗フォームの騎手は過去現在を問わずたくさん存在しますが、馬を追っているだけでこれだけ他を圧する迫力・オーラを放つことができる騎手を、私は他に知りません。これはコーゼンやデットーリにも無いピゴットの凄みです。もう一点、道中の前傾姿勢も見事です。50代半ばを超えた170㎝以上の騎手が、この前傾姿勢をとっているのは凄いの一言。
・1992年 アベイ・ド・ロンシャン賞
56歳のピゴットが、岩田康誠騎手と同等かそれ以上に、腕や足を動かして馬を追っているレースです(ちなみに2着はスティーブ・コーゼン)。









いつも思うのですが、こうしたレスター・ピゴットの騎乗や、腰をスライドさせて追うパット・エデリーの騎乗を見ても、岩田康誠の騎乗を「ダンス」とか「汚い」と言えるのでしょうか?世界を見渡せば、日本国内では珍しいフォームとされる騎手の動きと似た追い方をし、それでいて圧倒的な成績を収めている騎手が、必ずと言っていいほど存在するのです。
・1982 Mill Reef Stakes
ラスト400mの映像(大外の白帽・黒い勝負服)。これも日本でやったら「ダンス」と揶揄されるかもしれません。
膝の開閉を使った腰と上体の上下運動。最近は岩田康誠騎手だけでなく、川田将雅騎手も巧みに使っていますね。
ピゴットは馬のリズムと一体化して滑らか且つ力みなく全身が動いています。頭で考えてやっていたらこんな動きにはなりません。先のアベイ・ド・ロンシャン賞の動きもそう。日本人騎手で身体を激しく動かしているフォーム(いわゆるヨーロピアンスタイル)で追っている騎手が若手にも多くいますが、その多くは頭で考えて身体を動かしています。だから動きがカクつくか、膝の上下動が激しくなる「悪い上下動」になりがちです。「覚えた振り付けを一生懸命になぞっている動き」と「内側から湧き出る即興の動き」の違いに近い。
・1991 The Indian Turf Invitation Cup
以前のエントリーでも取り上げたレース。1991年にインドに遠征して勝利したレースですが、道中、最後方のラチ沿いを走っている白い勝負服・白いシャドーロールの馬(Delage)に騎乗しています。最後の直線の映像は上下分割になっており、正面からの映像も同時に見れるので、ピゴットが左側に「ギュン!」と一頭分、瞬間移動させる場面を正面から見ることができます。50代半ばを超えてこの捌きが出来る騎手は他に存在するのでしょうか・・・。先のレース同様、追い方も捌き方も桁違いの迫力です。
※レスター・ピゴット、ビル・シューメイカー、スティーブ・コーゼンが競った1984年のロイヤルアスコット開催については、以下のエントリーで触れています。
③イヴ・サンマルタン
・1974年 凱旋門賞(アレフランス)
・1976年 英オークス(ポーニーズ)
逃げ切り。112年ぶり、史上2頭目の英オークス・仏オークス制覇。
・1982年 凱旋門賞(アキーダ)
道中3番手の13番、アガカーンの勝負服です。
④ビル・シューメイカー
アメリカ競馬史上最高の騎手として真っ先に名前が挙がる伝説的名手。彼の鞍はまりも異次元です。
・1977年 スワップスステークス(ジェイオートビン)
無敗の三冠馬シアトルスルーが初黒星を喫したレース。負かしたのがシューメイカーのジェイオートビン。逃げていることもあり、シューメイカーの道中の姿勢や追い方がはっきりと、分かりやすく映っています。
※なお、コーゼンと福永洋一の共通点については以前述べましたが、シューメイカーと福永洋一は、コーゼンと福永洋一以上といえるくらい道中の姿勢も追い方も似ていますですね。身長が150cm前後とシューメイカーと福永洋一の体型が近いこともありますし、シューメイカーはコーゼンと異なり上体を弾ませない追い方で、この点も福永洋一と似ています。50年前の日本で、福永洋一は感覚的に、結果としてビル・シューメイカーと同レベルの鞍はまりで乗っていたわけです。福永洋一が、いかに別次元の存在だったか、この事実からも分かります。
・1964年 フロリダダービー(ノーザンダンサー)
レース全編(カラー版)の映像は以下。
・1966年 フラミンゴステークス(バックパサー)
直線で完全に交わされた後、最後の最後にハナ差で差し返す。
・1980年 ストラブステークス(スぺクタキュラービット)
不滅のダート10ハロン1:57:8。
・1986年 ケンタッキーダービー(ファーディナンド)
伝説の神騎乗。54歳での最年長ケンタッキーダービー勝利記録。
世界の競馬史上最高の馬群捌きが行われたレースのひとつです。ハードバージの皐月賞が霞むレベル(技術的には福永洋一がこのレースのような馬群捌きを行っても驚かないが)。以下の動画内にもありますが、この時のシューメイカーとファーディナンドの固定カメラリプレイを残したのは本当に素晴らしい。競馬史に残る記録映像です。レース映像だけだと分からない箇所までしっかり見ることができます。
一筆書きの馬群捌きとはこういうレースのこと。最初から最後まで淀みが無い。進路選択の迷いや距離のロス皆無でスタートからゴールまで貫いている。
最内1番からスタート→シンガリに下げる→馬群のあいだを縫って徐々に前に進出→3コーナーから大外に持ち出して最終コーナーを回る→直線を向く瞬間に最内に進路を取る→8番人気で勝利
10:00~ レース
14:40~ ファーディナンド固定カメラのリプレイ映像
1コーナー(残り1600m)から騎手がいなくなって空馬が走っているかのような進路選択。
「シューメイカーが最後方に下がったのは不利を受けたため」という記述を見かけたことがありますが、それは間違いです。上記固定カメラのリプレイを見れば、シューメイカーが意図的にファーディナンドを1コーナーに入るまでに最後方に下げ、そこから進出していることがはっきり分かります。あくまで能動的な位置と進路の選択だったわけです。
・シューメイカーと福永洋一の姿勢
①シューメイカー(外側の2番)





②福永洋一(5番の赤帽)





※シューメイカーの紹介動画
フォームはもちろん、顔もどことなく福永洋一に似ていますね。
シューメイカーの身長は150cm, 福永洋一は155cmです。
コーゼンの紹介動画は以下。
※番外編
・1991 Juddmonte Lockinge Stakes
4頭立てのレースなのですが、その中の騎手3人がレスター・ピゴット、スティーブ・コーゼン、ランフランコ・デットーリ(当時20歳)という豪華なレース。もう一人の騎手も、セクレタリアトの引退レース1973年カナディアン国際CSSでセクレタリアトに代打騎乗し、見事に勝利した名手エディー・メイプルです。
コーゼンのレースは、ここでは以下の2レースを載せておきます。
・1991年 Warren stakes (Peaking opera)
5頭立てシンガリポッツンからの競馬。道中の姿勢や直線の追い方がアップで写っています。
4番手を走る馬の鞍上はレスター・ピゴットです。
※高画質版
1991 Warren Stakes - Peking Opera pic.twitter.com/WTVn2B2q7q
— History of Horse Racing (@horsevault) 2024年11月29日
・1987年 Jersey Stakes (Midyan)
最後アップになるときの足腰。ゴムの様に伸縮する膝。連動して動く腕と上半身。
・1989 Princess Royal Stakes
ラムタラの母馬スノーブライドでの勝利。最終コーナーからの映像なのですが、画質が悪く動きがカクついているからこそ、コーゼンの微動だにしない下半身、全身を使って追うという表現が相応しい上体の動き、そして何より腕と拳の使い方の素晴らしさが映っています。ロイヤルブルーの勝負服ということもあり、ランフランコ・デットーリかと見紛うほど腕の使い方が鮮やかです。コ―ゼンは腕や拳の使い方も見事。ランフランコ・デットーリやジョアン・モレイラに引けを取りません。














































































































































































































