スティーブ・コーゼンの軌跡

英米でリーディングに輝き、5か国のダービーを制覇した天才騎手スティーブ・コーゼン (Steve Cauthen) に関する情報を記載します。

完璧な鞍はまりの騎手たち-福永洋一、レスター・ピゴット、イヴ・サンマルタン、ビル・シューメイカー-

スティーブ・コーゼン同様、完璧といえる鞍はまりの騎手たちです。

メモもかねて。こちらは随時更新していきます。順不同です。

 

①福永洋一

本記事の後半でも触れますが、誇張でなく「1970年代の日本人騎手の中にビル・シューメイーカーが混ざっていた」という譬えでよいかと思います。異次元の鞍はまり。

・1976年 神戸新聞杯(トウショウボーイ)

 完璧なレース運び、完璧な鞍はまり。道中の姿勢から異次元。

「足すところも引くところもない騎乗」とは、こういう騎乗のことなのでしょう。

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・1977年 エリザベス女王杯(インターグロリア)

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・1975年 桜花賞(勝ち馬テスコガビー、福永洋一は3着トウホクサカエに騎乗)

テスコガビーがぶっちぎりの圧勝劇を演じた伝説のレースですが、勝ったテスコガビーが凄いのは当然として、ゼッケン12番の3着トウホクサカエの福永洋一が凄まじい騎乗をしています。
道中、最初は最内にいながら、自ら2〜3馬身後ろにスッと下げて、大外を捲ってくる。

12番。最内。ここからスッと馬を下げる。

映像はここで前に戻るが、福永洋一の後ろにも馬がいるなかで自在に馬を動かす。

しばらく映像から消えた後、再度映ったとき。
最内にいた馬がいつの間にか大外にいて捲ってきている。

馬群の外側をピッタリと回って直線では大外。

福永洋一を見ていると、「道中」と「最後の直線」の区別などしていなかったのではないかと思えてくる。二ホンピロムーテーしかり、インターグロリアしかり、ハードバージしかり。とにかく動きたい時・動くべき時にスッスッと馬を前後左右へ自在に動かしている。真の天才騎手とはこういうものなのでしょう。

※共通してみられる「動くポイント」は存在します。たとえば先の2つの桜花賞の残り800m地点、二ホンピロムーテーの菊花賞の第2コーナーなど(トウショウボーイに騎乗して3着だった1976年の菊花賞でもニホンピロムーテーと同じように第2コーナーでスッとポジションを上げています。おそらくニホンピロムーテー同様、トウショウボーイの本質をマイラーだと判断しての騎乗だったと思います)。 ただ、そうしたポイントで動こうと思って動ける騎手、しかも騎乗馬を掛からせることなくリズムを守りながら動ける騎手は、歴代のJRA騎手のなかには他に一人も存在しないと思います。

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1978年、オヤマテスコで勝った桜花賞でも基本的に同じ動きをして勝たせています。

中団後方。馬群の真ん中あたり。ここからスッと2~3馬身位置を下げる。

馬群の真ん中から大外に持ち出して一気に捲ってくる。

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福永洋一 二ホンピロムーテーの菊花賞(1971年)

福永洋一 ハードバージの皐月賞 (1977年)

スティーブ・コーゼン リファレンスポイントのダンテステークス(1987年)

②レスター・ピゴット

1990年に現役復帰した後の水上ボートに乗っているかのようなフォームも圧巻ですが、若い時のピゴットもやはり別格。ニジンスキーのセントレジャーは、全盛期のピゴットの騎乗姿勢が明確に映っていて、人馬の映像ともども貴重なもの。

・1970年 アイルランドダービー(ニジンスキー)

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・1970年 英セントレジャー(ニジンスキー)

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・1991 Reference Point Sceptre Stakes

56歳のピゴット。シンガリのピンクの勝負服の馬(You Know the difference)に騎乗しています。このクラスの騎手になると、この年齢でも一頭分のスペースに瞬時に突っ込んで馬群を捌いてきます。コーゼンは騎乗していませんが、デットーリ(3着)、ロバーツ(4着)、エデリー(7着)らを相手に圧巻の騎乗を見せています。ダイナミックな騎乗フォームの騎手は過去現在を問わずたくさん存在しますが、馬を追っているだけでこれだけ他を圧する迫力・オーラを放つことができる騎手を、私は他に知りません。これはコーゼンやデットーリにも無いピゴットの凄みです。もう一点、道中の前傾姿勢も見事です。50代半ばを超えた170㎝以上の騎手が、この前傾姿勢をとっているのは凄いの一言。

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・1992年 アベイ・ド・ロンシャン賞

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56歳のピゴットが、岩田康誠騎手と同等かそれ以上に、腕や足を動かして馬を追っているレースです(ちなみに2着はスティーブ・コーゼン)。

いつも思うのですが、こうしたレスター・ピゴットの騎乗や、腰をスライドさせて追うパット・エデリーの騎乗を見ても、岩田康誠の騎乗を「ダンス」とか「汚い」と言えるのでしょうか?世界を見渡せば、日本国内では珍しいフォームとされる騎手の動きと似た追い方をし、それでいて圧倒的な成績を収めている騎手が、必ずと言っていいほど存在するのです。

・1982 Mill Reef Stakes

ラスト400mの映像(大外の白帽・黒い勝負服)。これも日本でやったら「ダンス」と揶揄されるかもしれません。

膝の開閉を使った腰と上体の上下運動。最近は岩田康誠騎手だけでなく、川田将雅騎手も巧みに使っていますね。

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ピゴットは馬のリズムと一体化して滑らか且つ力みなく全身が動いています。頭で考えてやっていたらこんな動きにはなりません。先のアベイ・ド・ロンシャン賞の動きもそう。日本人騎手で身体を激しく動かしているフォーム(いわゆるヨーロピアンスタイル)で追っている騎手が若手にも多くいますが、その多くは頭で考えて身体を動かしています。だから動きがカクつくか、膝の上下動が激しくなる「悪い上下動」になりがちです。「覚えた振り付けを一生懸命になぞっている動き」と「内側から湧き出る即興の動き」の違いに近い。

・1991  The Indian Turf Invitation Cup

以前のエントリーでも取り上げたレース。1991年にインドに遠征して勝利したレースですが、道中、最後方のラチ沿いを走っている白い勝負服・白いシャドーロールの馬(Delage)に騎乗しています。最後の直線の映像は上下分割になっており、正面からの映像も同時に見れるので、ピゴットが左側に「ギュン!」と一頭分、瞬間移動させる場面を正面から見ることができます。50代半ばを超えてこの捌きが出来る騎手は他に存在するのでしょうか・・・。先のレース同様、追い方も捌き方も桁違いの迫力です。

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※レスター・ピゴット、ビル・シューメイカー、スティーブ・コーゼンが競った1984年のロイヤルアスコット開催については、以下のエントリーで触れています。

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③イヴ・サンマルタン

・1974年 凱旋門賞(アレフランス)

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・1976年 英オークス(ポーニーズ)

逃げ切り。112年ぶり、史上2頭目の英オークス・仏オークス制覇。

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・1982年 凱旋門賞(アキーダ)

道中3番手の13番、アガカーンの勝負服です。

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④ビル・シューメイカー

アメリカ競馬史上最高の騎手として真っ先に名前が挙がる伝説的名手。彼の鞍はまりも異次元です。

・1977年 スワップスステークス(ジェイオートビン)

無敗の三冠馬シアトルスルーが初黒星を喫したレース。負かしたのがシューメイカーのジェイオートビン。逃げていることもあり、シューメイカーの道中の姿勢や追い方がはっきりと、分かりやすく映っています。

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※なお、コーゼンと福永洋一の共通点については以前述べましたが、シューメイカーと福永洋一は、コーゼンと福永洋一以上といえるくらい道中の姿勢も追い方も似ていますですね。身長が150cm前後とシューメイカーと福永洋一の体型が近いこともありますし、シューメイカーはコーゼンと異なり上体を弾ませない追い方で、この点も福永洋一と似ています。50年前の日本で、福永洋一は感覚的に、結果としてビル・シューメイカーと同レベルの鞍はまりで乗っていたわけです。福永洋一が、いかに別次元の存在だったか、この事実からも分かります。

・1964年 フロリダダービー(ノーザンダンサー)

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レース全編(カラー版)の映像は以下。

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・1966年 フラミンゴステークス(バックパサー)

直線で完全に交わされた後、最後の最後にハナ差で差し返す。

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・1980年 ストラブステークス(スぺクタキュラービット)

 不滅のダート10ハロン1:57:8。

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・1986年 ケンタッキーダービー(ファーディナンド)

 伝説の神騎乗。54歳での最年長ケンタッキーダービー勝利記録。

 世界の競馬史上最高の馬群捌きが行われたレースのひとつです。ハードバージの皐月賞が霞むレベル(技術的には福永洋一がこのレースのような馬群捌きを行っても驚かないが)。以下の動画内にもありますが、この時のシューメイカーとファーディナンドの固定カメラリプレイを残したのは本当に素晴らしい。競馬史に残る記録映像です。レース映像だけだと分からない箇所までしっかり見ることができます。

 一筆書きの馬群捌きとはこういうレースのこと。最初から最後まで淀みが無い。進路選択の迷いや距離のロス皆無でスタートからゴールまで貫いている。

 

最内1番からスタート→シンガリに下げる→馬群のあいだを縫って徐々に前に進出→3コーナーから大外に持ち出して最終コーナーを回る→直線を向く瞬間に最内に進路を取る→8番人気で勝利 

 

10:00~ レース

14:40~ ファーディナンド固定カメラのリプレイ映像

1コーナー(残り1600m)から騎手がいなくなって空馬が走っているかのような進路選択。

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「シューメイカーが最後方に下がったのは不利を受けたため」という記述を見かけたことがありますが、それは間違いです。上記固定カメラのリプレイを見れば、シューメイカーが意図的にファーディナンドを1コーナーに入るまでに最後方に下げ、そこから進出していることがはっきり分かります。あくまで能動的な位置と進路の選択だったわけです。

・シューメイカーと福永洋一の姿勢

 ①シューメイカー(外側の2番)

②福永洋一(5番の赤帽)

※シューメイカーの紹介動画

フォームはもちろん、顔もどことなく福永洋一に似ていますね。

シューメイカーの身長は150cm, 福永洋一は155cmです。

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コーゼンの紹介動画は以下。

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※番外編

・1991 Juddmonte Lockinge Stakes

4頭立てのレースなのですが、その中の騎手3人がレスター・ピゴット、スティーブ・コーゼン、ランフランコ・デットーリ(当時20歳)という豪華なレース。もう一人の騎手も、セクレタリアトの引退レース1973年カナディアン国際CSSでセクレタリアトに代打騎乗し、見事に勝利した名手エディー・メイプルです。

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コーゼンのレースは、ここでは以下の2レースを載せておきます。

・1991年 Warren stakes (Peaking opera)

5頭立てシンガリポッツンからの競馬。道中の姿勢や直線の追い方がアップで写っています。

4番手を走る馬の鞍上はレスター・ピゴットです。

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※高画質版

・1987年 Jersey Stakes (Midyan)

最後アップになるときの足腰。ゴムの様に伸縮する膝。連動して動く腕と上半身。

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・1989 Princess Royal Stakes

ラムタラの母馬スノーブライドでの勝利。最終コーナーからの映像なのですが、画質が悪く動きがカクついているからこそ、コーゼンの微動だにしない下半身、全身を使って追うという表現が相応しい上体の動き、そして何より腕と拳の使い方の素晴らしさが映っています。ロイヤルブルーの勝負服ということもあり、ランフランコ・デットーリかと見紛うほど腕の使い方が鮮やかです。コ―ゼンは腕や拳の使い方も見事。ランフランコ・デットーリやジョアン・モレイラに引けを取りません。

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1979年~1985年-渡英後3週間でフォームチェンジと初騎乗初勝利、渡英後1ヶ月半で2000ギニー勝利、史上初の英米リーディング達成と英米ダービー制覇達成、英牝馬三冠達成-

渡英して3週間でフォームチェンジしてイギリス初騎乗初勝利。

渡英して1ヶ月半で2000ギニー制覇。

漫画みたいな話ですが、これをコーゼンはあっさりとやってのけました。

イギリスに渡ったのは1979年3月。

前年の1978年、18歳のコ―ゼンはアファームドに騎乗し、アメリカの牡馬三冠を達成しました。しかしその直後から、コーゼンは体重管理からの精神的ストレスなどによる影響で110連敗するなど、それまでの成功の反動かのような大スランプに陥ります。

◆18歳のコ―ゼンが騎乗したアファームドの三冠レース

(特に三冠最後のベルモントSは1400mに渡る世界競馬史上最高のマッチレースで必見)

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・1978年ベルモントSの別アングル映像

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1979年。アメリカ牡馬三冠達成の翌年、コーゼンはイギリスに渡ることを決断します。

といっても、1979年も2月まではアメリカで騎乗していました。しかし、前年からの体重管理によるスランプから抜けられず、アファームドの主戦を降ろされるなど、状況は好転しませんでした。そんなとき、イギリスの馬主ロバート・サングスターから体重管理がアメリカより厳しくないイギリスで騎乗しないかという誘いをコーゼンは受けます(1年間の騎乗契約依頼)。そこでコーゼンは、新たな刺激や復活のきっかけを求めて、1979年3月にイギリスに渡りました。

渡英から3週間後の1979年4月7日、コーゼンはイギリスで初騎乗初勝利を挙げます(中央の赤い勝負服の馬)。この角度の映像だと分かりずらいですが、この時点、つまり初騎乗の時点でコ―ゼンのフォームは変わっています。よく見ると膝の角度が90度に近い状態(つま先~膝~腰で90度の角度を形成)に変化し、馬の動きに合わせて膝を支点に身体を上下に伸縮させています。アファームドの騎乗姿勢と比べると明らかですが、渡英後3週間で、アメリカ時代の騎乗姿勢、支点の作り方と全く異なるフォームに変化して初騎乗初勝利を果たしたのです。



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コーゼンはイギリスに渡ると決断したものの、「いつアメリカに帰ることになってもおかしくないと考えていた」とインタビューで答えています。しかし、初騎乗初勝利という最高のスタートを切ったわけです。

もっとも、イギリスの競馬場の数は多く、コース形態も日本やアメリカより遥かに多様です(起伏や芝の状態がコースごとに全然違う)。約35ヵ所もあるコース全ての特徴を理解するまでには3年を要したとコ―ゼンは語っていますし(それでも尋常ではない速さだと思いますが)、初勝利後もフォームの修正や改良は続けています。

(※以下のインタビューを参照

Welcome Back, Kid - Sports Illustrated Vault | SI.com

Racing Greats - Steve Cauthen - Racing TV - YouTube)

初騎乗初勝利から1ヶ月後、渡英から約1ヶ月半後、アファームドでの三冠達成から約10ヶ月後の1979年5月5日、19歳になったばかりのコーゼンは、イギリスの2000ギニーをTap On Woodで勝利します(21頭立て20番枠、道中は馬群大外の最後方)。日本式でいえば単勝20倍くらいの人気薄の馬で、圧倒的一番人気の無敗馬クリス (Kris) を負かしました。こちらの映像は分かりやすいですが、フォームが完全にヨーロピアンスタイルに変わっています。膝下が馬体に対して垂直に近い状態のまま微動だにせず、上体(膝から上)は弾むように上下に動きながら、軸も上下動のリズムも一切乱れないコーゼン独特の追い方で、いきなりイギリスのクラシックレースを勝利しました。

先頭の騎手がコーゼンです。渡英から2か月後の時点でフォーム変化はほぼ完成しています。



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※アメリカ時代とイギリス時代のコ―ゼンのフォームについては、以下の2つのエントリーをご参照ください。

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道中は最後方に控え、圧倒的一番人気クリスにプレッシャーをかけながら早めに進出。出し抜けをくらわすように先頭に立って押し切り勝ち。1か月半前までイギリスで乗ったことすらなかった19歳の騎手がこの騎乗で2000ギニーを勝ったのですから驚くばかり。

フォームを3週間で変えたことも凄いですが、レース体系の変化に適応する能力、仕掛けのタイミングやレースの流れを瞬時に把握するレースセンスが高くなければ、初騎乗初勝利から1ヶ月で2000ギニーを勝つことなど絶対にできません。コーゼン自身は「19歳という若さがアドバンテージだった。若い時期だから異なる環境に適応することができた」と語っていますが、それだけでこの結果を出せるものではありません(ただ、逆にといいますか、コーゼンの逸話を知ると、40歳を超えて地方から中央へ移籍し、乗り方を変えて全く異なるレース体系に適応し、圧倒的な成績を残した安藤勝己の凄さもあらためて分かります)。

武豊騎手がコーゼンのアメリカ時代とイギリス時代のフォームの違いの凄さを語ったインタビューがありますが、フォームが違うだけでなく、フォーム変化の速さ、異なるレース体系やコースへの適応能力が桁違いです。

number.bunshun.jp

※コーゼンが勝利した2000ギニーに関する英文記事(George Selwyn’s 2,000 Guineas memories - The Owner Breeder)

※45分にわたるコーゼンのドキュメンタリー番組のまとめ(ヘンリー・セシルのインタビュー等もあり)はこちら。

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  以下に載せる同年6月のアスコット競馬場でのGold Cupは3着に敗れますが(最内枠の緑の勝負服)、このレースでも直線の追い方だけでなく、アメリカ時代の静止画像のように真っ平で水平な姿勢とは異なる姿勢のコ―ゼンを見ることができます。

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 同年11月、コーゼンは大井競馬場に招待され、2週間計4日間、大井競馬場で騎乗しました。他のエントリーにも載せましたが、その時の貴重な映像が残されています。

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・1980年 セントサイモンS(コーゼン20歳 逃げ切り)

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2000ギニー勝利後も着実に勝ち星は挙げていき、G1も勝利していきますが、その後しばらくはイギリス(ヨーロッパ)ではクラシックレースなどの「ビッグレース」を勝つような機会には恵まれませんでした。

転機となったのは、他のエントリーでも取り上げた1983年のDubai Champion Stakesでの「神騎乗」、コーゼンの代表的な騎乗として必ず取り上げられる、20頭立て最後方から馬群を捌いて勝利した、23歳のコーゼンによる圧巻の騎乗です。

◆1983年 Dubai Champion Stakes

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このレースを機に多くの関係者から声がかかるようになったコーゼンは、1984年に初めてイギリスでリーディング(チャンピオンジョッキー)を獲得することになります(1985年、1987年の合計3回獲得)。アメリカとイギリス両方でのリーディング獲得は史上初で、現在までコーゼンただ一人がもつ記録です。

翌年の1985年、後にフランケルも管理することになる名調教師ヘンリー・セシルとコンビを組み、25歳でイギリスダービーを69年ぶりの逃げ切り、それも大逃げで勝利します。このとき、世界の競馬史において初めてケンタッキーダービーとイギリスダービーの双方を制した騎手が誕生しました。

◆1985年 イギリスダービー Slip Anchor

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※1985年ダービーの別アングルからの映像(以下の動画18:20~)。

コーゼンの鞍はまりが異次元であることがよく分かります。

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◆1978年 ケンタッキーダービー Affirmed

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また同年1985年は、Oh So Sharpで牝馬三冠を達成し、アメリカでは牡馬三冠、イギリスでは牝馬三冠を達成した年でもありました。今のところ、これがイギリスにおける最後の牝馬三冠です。

◆1985年 コーゼンとオーソ―シャープ (Oh So Sharp) による牝馬三冠レース(イギリスの牝馬三冠目は牡馬と混合のセントレジャー)

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史上初の英米両ダービー制覇達成、英国牝馬三冠達成、二度目のイギリスリーディング獲得(年間195勝)・・・1985年は、コーゼンのキャリアの中でもピークといえる年です。

しかし同時に、20代半ば~後半に入ったこの頃から体重調整がさらに厳しくなり、精神的にもかなり消耗した結果アルコール中毒といえる状態に陥り、アルコールと体重の管理のために専門家のケアを受ける状態にまで追い込まれ始めていました。もしかしたら25歳前後の時点で、コーゼンは自身の残りのキャリアは長くないと考えていたのかもしれません。

本ブログでも取り上げていますが、イギリスダービーでの大逃げ圧勝も含めた「ペースメーカーの存在無視の果敢な逃げ」によるヨーロッパの大レースの数々の勝利、逃げを打ちながら後続に一度交わさせて再度追い込んでくる「逃げて差す」かのような「変化自在の逃げ」、自在な位置取りと脚質転換、20頭立て最後方から馬群を縫ってゴボウ抜き、40頭立て最後方から馬群を縫ってゴボウ抜き、道中の位置取りから仕掛けのタイミングまで一分のミスもないアメリカ牡馬三冠での騎乗、ベルモントSでの伝説のマッチレースと鞭の持ち替え・・・。コ―ゼンが見せたレースの「極端さ」の幅は、レスター・ピゴットやランフランコ・デットーリをも上回ると思います(映像は残っていませんが、デビューから約1年後の16歳のとき(1977年4月)、レース序盤のコーナーで鞭を落としてしまったあと、いっさい慌てることなく離れた最後方を進み(ポツン騎乗)、直線を向いても最後方、そこから馬群を離れた外も外、大外の大外に進路を取り、右手を鞭の代わりに使用して馬の首を叩きながら馬を追い、最後方から大外一気の追い込みを決めて勝利したそうです。リンク先の記事にも書かれていますが、このデビュー1年後、16歳の時期のコーゼンの騎乗を、アメリカの殿堂入り騎手パット・デイが激賞し、後輩のコーゼンに向かって直接賛辞を送っています)。しかし、レースだけに集中して乗れた期間は本当に短いものでした。コ―ゼンと同時に騎乗していたイギリス人騎手マイケル・ヒルズは「1985年からの約3年間は文句なしに世界一の騎手だった」と語っています。それは裏を返せば、1980年代後半、30歳になる前の段階で、騎手としてのピークは過ぎていた、下降気味だったということでしょう。

なお、2024年時点では、ケンタッキーダービーとイギリスダービーを両方制した騎手は、スティーブ・コーゼンただ一人です。しかし、ケンタッキーダービーとイギリスダービーの両方を制する騎手は、今後、再び出てくる可能性はあると思います(遠征などの一発勝負で勝利することも可能なため)。しかし、アメリカとイギリスという、競馬大国かつレース体系が全く異なる二つの国でリーディングを獲得する騎手は、二度と出現しないと私は思います。日本ではあまり取り上げられませんが、コーゼンが残した功績は、それくらい、競馬史上に残る偉業なのです。

追記:

16歳の頃から話題となり、2025年に19歳でイギリス国内222勝をあげたビリー・ロクナン (Billy Loughnane) 。ひょっとしたら、彼が史上二人目のイギリスダービーとケンタッキーダービーの両ダービー制覇を成し遂げるかもしれません。

フォームは違いますが、顔の雰囲気や飛びぬけたレースセンスはコーゼンに似ていますね。本能的に馬のリズムに掴んで、コースや距離、馬場に関係なく変化自在のレースが出来る数十年に一人の天才です。私個人としてはデットーリ以来の衝撃。モレイラやスミヨン、ムーアやビュイックらを超える才能。デットーリやピゴットの領域に経歴的にも入っていくと思います。繊細さと大胆さ、大一番での勝負強さとフェアな騎乗を兼ね備えているところもコ―ゼンと似ている。

このままトラブルなく順調にいけば、2030年前後、25歳になる頃には名実ともに世界一の騎手と呼ばれているはず。フォームでいえばまず道中の姿勢からして凄い。スプリント戦でも長距離戦でも、股関節と膝を微妙に開閉させ、道中の時点からロクナン自身が身体を弾ませて馬への負担を極限まで減らしています。以下のレースの動画はシンガリからのレースなので特に分かりやすい。一人だけ道中身体が柔らかく微妙かつ絶妙に動いているのが分かると思います。乗っている場所は同じですが、背中も下半身も微動だにしないコーゼンや福永洋一とはそこだけ違う。これも頭で考えてやっていたら馬に負担をかけるだけです。本能的にこう乗ると馬が楽に走る、馬がよく伸びることを発見した、というより彼の身体が自然とこの乗り方を身に付けたのでしょう。直線で追っている際の膝の使い方も天才的。追っているときの膝=支点が限界まで小さくなって縮んだまま、上体(膝から上)を馬のリズムに完璧に合わせて動かしています。もちろん状況に応じて膝を開閉させる動きもしている。比較して言えば、ライアン・ムーアより支点が小さく、それでいて膝を細かく繊細に動かして馬の動きを補助できるのがロクナンです。

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以下は上記レースの勝利馬で馬群をこじ開けて勝ったレース。

20歳でこの馬群捌きは見事。このまま成長すれば、コーゼンの1983 Dubai Champion Stakes や1990 William Hill Cambridgeshire Handicap と同等かそれを超えるレベルの神懸かった馬群捌きを大レースで披露してくれるかもしれません。

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ロクナンの道中の姿勢

このレースの直線では、膝を開閉させながら下半身で馬を「掬い上げる」ように動きを補助。腰を反らせる補助ではない(他のレースでは使うこともある)。

私はビリー・ロクナンが世界の競馬界を席巻していくなかで「身体を動かす=悪」という日本の騎乗論を覆してくれることを期待しています。今後さらに比較されるであろうレスター・ピゴットの日本での再注目にも繋がる可能性もある。

スティーブ・コーゼンの唯一かつ最大の弱点だった「体重の問題」がないロクナンには、このまま無事に成長して、世界の競馬史上最高の騎手の一人に上り詰めて欲しいと切に思います。

追記その②:

ロクナンと同い年で、2022年にブラジルでデビューし、現在アメリカに拠点を移しているディラン・マシャード(Dylan Machado)騎手も凄いです。彼の鞍はまりは同郷のジョアン・モレイラ以上です(福永洋一とも似ている。福永洋一との比較でいえば、ヒデハヤテや二ホンピロムーテーに乗っていた20代前半の頃の姿勢と似ている。70年代半ば以降の福永洋一と比べるとまだ甘い)。デビューした年から平場のレースでも抜群のレースセンスを見せていました。まだジョアン・モレイラと成績やレース運びで比較する段階ではないですし、同い年のビリー・ロクナンとも差がありますが、順調に成長すれば、10年後には世界的な名手になっていると思います。

・2025/11/28 アメリカ移籍後で初騎乗初勝利(19歳)

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・2025/6/21 ブラジルでのG1勝利(19歳)

直線、外からぶつけられる中、これだけ冷静に対応して進路を確保し、進路を修正し鞭を持ち替えて勝ち切らせることができる騎手が、現在の日本にどれだけいるでしょうか。鞍はまりも圧倒的。足腰が他の騎手とはまるで違います。これで19歳。

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・2024/7/14 (18歳) 足腰の感じが96年頃のオリビエ・ペリエを彷彿とさせる。

※上記画像のレースは以下の動画51:20~

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参考:オリビエ・ペリエ(1996年チューリップ賞 エアグルーヴ)

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"Steve Cauthen" で検索しても出てこないレースと名騎乗まとめ

ローマ字・片仮名を問わず、コーゼンの名前で検索しても出てこないレース(動画)、名前+細かい条件を指定しないと引っかからないレースをここで載せていきます。

随時更新。

負けたレースであっても、素晴らしい騎乗をしているものはここに載せていきますね。

1989 Princess Royal Stakes 

ラムタラの母馬スノーブライドでの勝利。4コーナーから直線までの短い動画ですが、画質が悪く動きがカクついている映像だからこそ、コーゼンの微動だにしない下半身(膝下)、全身を使って追うという表現が相応しい上体の動き、そして何より腕と拳の使い方の素晴らしさが映っています。ロイヤルブルーの勝負服ということもあり、ランフランコ・デットーリかと見紛うほど。本当に腕の使い方が鮮やかです。コ―ゼンは腕や拳の使い方も見事。ランフランコ・デットーリやジョアン・モレイラに引けを取りません。

馬の動きとの完璧な連動。馬が四肢を最大に伸ばした時、コーゼンの頭と馬の両脚の先端を結ぶと正三角形になる。コーゼンの背中と馬の首、コーゼンの膝上と馬の前脚が平行になるように追えているからです。

※デットーリ(1998年キングジョージ、騎乗馬スウェイン)

デットーリとコーゼンは1ミリも残さず肩の付け根から拳までを使い切り、しかも他の身体の部位と完璧に関係・連動させて追えている。

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1982 Jersey Stakes

22歳のコーゼン。後方から馬場を縦横無尽に動き、前を塞がれても瞬間的にパッと横に動いて進路を確保する。見事な馬群捌きですが、これくらいは朝飯前にやるのがコーゼンです。もちろん他馬への進路妨害も接触も一切ありません。

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※コーゼンの馬群捌きの究極形2つは以下を参照のこと

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1987 Sheraton Park Tower Lupe Stakes

滑らかな馬群捌き。完璧な鞍はまり。弾む上体(膝から上)と、弾んでいながら弾んでいるように見えない姿勢。完璧に馬の動きとコーゼン自身の動きが同期しているから起こる目の錯覚です(馬の重心に対して膝下が寸分狂わぬ場所に垂直にささり、それが一切動かずブレず、膝上はポンプのように上下に弾みながら追い続けることができるのがコーゼン)。2着、3着の騎手と同じくらい上体(膝から上)を上下に動かして全身で馬を追っているのに、コーゼンだけ身体を動かして追っているように見えない。スローで見るとコーゼンの動きがよく分かります。

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1985 Queen Mary Stakes

コーゼンとレスター・ピゴットの叩き合い。最後に差し返してコーゼン (Gwydion) が1着。何度も何度も繰り返し指摘していることですが、普通の速度で見ると身体を動かさずに追っているように見えるコーゼンが、横にいるピゴットの倍近く身体を弾ませながら馬の動きを補助している(ピゴットはピゴットで、腰を細かく正確に動かしている。ピゴットが劣ると言っているわけではありません。念のため)。スロー映像でのレース回顧もついているので是非ご確認いただきたいのですが、回顧映像の速度でもあまり動いているように見えない。できれば再生速度を0.25に落として見ていただきたいです。この膝と膝下、上体の使い方はまさに天才。

レスター・ピゴットとの叩き合い

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1988 Insulpak Victoria Cup(2着)

1番人気のパット・エデリー騎乗の勝ち馬を、人気薄(少なくとも7番人気以下)の馬で追い詰めて2着に持ってきたレース。

スタート直後、即座に馬群から離れたラチ沿いの大外に持ち出し、そのまま真っ直ぐ走らせて最短距離で駆け抜けたレース。こちらは馬群捌きの巧みさではなく、馬群に巻き込まれて馬のスタミナや距離のロスを防ぐために、スタート直後の横への移動と最後の最後に1着馬に馬体を近づけていくとき以外は、左右の移動無しで可能な限りロスなく馬を走らせた頭脳プレー。

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1982 アイルランドセントレジャー(2着)

この後イギリスのセントレジャーも勝つ1番人気の1着馬 Touching Wood に、5番人気の Father Rooney で2馬身差の2着に肉薄したレースです。

14ハロン(約2,816メートル)の長距離戦。スタートして後方3番手。4コーナーで外から進出してじわじわと追いながら内に潜り込んで先頭に接近するのですが、残り400m-200mをほぼ馬なりの状態で走らせて、ギリギリまで脚を足を温存させています。ラストスパートを遅らせたのは、実力的に力では負かせないうえに、そのままスパートしても最後バテバテで歩くことなるとわかっていたからでしょう。それでも相手がバテる可能性にかけてギリギリまで全開状態での追い出しを待っています。このレースが行われるカラ競馬場は残り200から登りの形状です。つまり、コースの形状まで頭に入れた作戦だったということです。結果は力負け、勝ち馬から2馬身差の2着ですが、ここまで肉薄したのはコーゼンの卓越した騎乗があったから。残り400から普通のスパートを開始していたら、もっと差が開いた2着だったはずです。22歳の若さで、アイルランドセントレジャーという大舞台であっても、残り400を切ってから2番手で追い出すのを待つという、油断騎乗だのと言われかねないような大胆かつコース形態を計算に入れた冷静で戦略的な騎乗を、全く意に介することなく当たり前に出来るのがコーゼンです。

残り600mを切って先頭の馬(勝ち馬)に接近

残り400m(2ハロン)を切ってほぼ馬なりの状態に追い方を戻す

残り200を切って本気で追い出し、2馬身差で2着

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◆1983 Newbury Spring Maiden Stakes

「逃げて差すような変化自在の逃げ」の記事でも触れているレースなのですが、あまりにも見事な騎乗、コーゼンの騎乗のエッセンスが詰まったレースなので、ここにも載せておきます。このときコーゼン22歳。このレースを見ても、コーゼンが馬のリズムを完璧に掴み、そのリズムを最優先させ、限界まで追い出しを待ち、なおかつレースの流れを把握して支配できる真の天才だとよく分かります。

先手を主張する他馬に絡まれ2番手→直線を向いて先頭→すぐに他の馬がコーゼンの馬を交わし2番手→残り400mを切ってから慌てず追い出し再び先頭→もう一頭別の馬が追い込んでくるがコーゼンの馬も伸び続ける(3/4馬身差まで詰め寄られたところで手前を右から左に変えさせてもうひと伸び。鞭を入れている姿勢から手を手綱に戻し、また鞭を打ち始めますが、手綱に戻しているときに手前が変わります。手前が変わってからもうひと伸びして1馬身差まで再び離す)→1馬身差で勝利

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直線向いて先頭

いったん他馬に交わされる

一切慌てずに残り400mを切ってから追い出し開始

後続からもう一頭追い込んでくる(鞭を入れて追い続けている)

鞭で追うのを止めて手綱に手を戻す(馬はまだ左手前)

ここで左手前に変える

手前を替えてから再び鞭を入れ始める

もうひと伸びして1馬身差できっちり勝利
1992 Lanson Champagne Vintage Stakes(5着)

これは5着に負けたレースなのですが、以下のレース動画の1:07~からのコーゼンの進路変更を見ていただきたいです。手綱を進路方向に引っ張るのではなく、馬の首を進路方向に少しだけ向け、真横にヒュン!と瞬間移動の如く進路を変えています。しかも2回。一度真横にピュッと動かし、更に直後に一頭分横にピュッと動かしている。2回とも馬の頭はほぼ正面を向いたまま。コ―ゼンの手に磁石でも付いているかのような動き。馬群の密集地帯で、必要最小限の1~2頭分の距離を、徐々にではなく瞬間的に「ピュン!」と平行移動するように一気に馬を動かし、それでいて近くにいる他の馬への接触や進路妨害はゼロ。これが出来る騎手は本当にごくごく稀。福永洋一のハードバージの馬群捌き(前にいるパリアツチの内側に進路を変更した瞬間の動き)も、コーゼン自身の1992年1000ギニー(2着)の最後の進路変更も、基本的にはこの動きです。手綱はほぼ動かさず、神業のようなハミのコントロールと両騎手自身の重心の移動でヒョイッと馬の進路を変更しています。このレースのコーゼンの方は手応えがなく、さきの2レースと異なり前に入られた馬を交わす余力はない(馬に勢いがない)という違いはありますが、映像を見比べると、両者ともに、手綱を進路方向に引っ張る仕草なしで、馬の首を進路方向に少し向けたあとヒョイッと馬が横に移動していることが分かると思います。

これが一回目の移動。
直後、横の青袖の勝負服の馬の真横にピュッと一頭分だけ瞬間移動。
前を交わす脚は残っていなくとも、一頭分の進路が開いているスペースへきっちり移動。
(余談ですが、隣の青袖の勝負服の騎手は、若きランフランコ・デットーリです)

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1979 Champion Stakes (7着)

これは1番人気で7着に負けたレースなので取り上げるのもどうかと思ったのですが(コーゼンの騎乗にミスは無し)、19歳のコーゼンの馬群捌きが見れるので挙げておきます。最初から最後までブレーキなし、残り400m(以下の動画1:30~)からは手綱を後ろにも横にも引かず、追いながら左にスペースを見つけて、上記レースと同様の動きでスッスッと移動しています。

首だけ左側に向ける

手綱引かずにスッと移動。壁で止まらずブレーキをかけることを避ける。

 

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※以下の記事の後半では、ハードバージの皐月賞について他では言及されていない点を指摘していますので、ご興味があればご覧ください。

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1984 Coronation Cup

英オークスとキングジョージを制した名牝タイムチャーターに騎乗して圧勝したレース(コーゼンが騎乗したのはこのレースのみ)。レース自体は馬の能力の違いで圧勝なのですが、このレースでのエプソム競馬場の最終コーナーを回るコーゼンの動きが見事です。前の3頭に蓋をされないよう、コーゼンが馬を促してスパッと3頭の間(もっと言えば左右にいる2頭の馬の間)に閉められる寸前の完璧なタイミングで割って入り、寸分の無駄もロスもなくコーナーを回っています。この時、コーナーでは馬を促していますが、直線を向いたときには、既に馬なりに戻っている。ここで馬を促して進路を確保したからといって、馬がかかったりムキになったりすることは一切なし。そして馬なりのまま2番手で直線を進み、残り200mから軽く追って圧勝。以前にも書きましたが、コーゼンは真の意味で「正確」な騎乗をします。コーナリングも本当に見事。ケンタッキーダービーの1コーナーの頃から変わりません。

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1987 Gold Cup

約4,000m (2m 4f) のアスコット伝統の長距離G1において、6番人気の Paeanに騎乗して残り1,100m付近から仕掛けて大差勝ち。このレースは残り1200m付近から騎手の手が動き出すことが多く、ここから仕掛けること自体は珍しいことではありません。ただ、それにしても、この年のコーゼンの仕掛けは本当に滑らか。そこに至るまでの道中の姿勢やリズムも完璧です。コーゼンにしては鐙を長めにしていますが、直線追うとき相変わらず膝下が微動だにしません。長くても短くても、良馬場でも不良馬場でもそこは変わらず。

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残り1,100mから進出開始。

このクラスの騎手は、小型馬でも大型馬でも、良馬場でも重馬場でも、ダートでも芝でも、ヨーロッパの重い芝でもアメリカの軽い芝でも、ヨーロッパのペースでもアメリカのペースでも関係なく馬を動かします。まさに「柔剛併せ持つ」。無差別級チャンピオンですね。

1982 Tote Lockinge Stakes

シンガリから最後の最後に差し切る22歳のコーゼンの騎乗。

コーゼンは膝下を動かさないまま上体を弾ませて馬を追えることは何度も指摘していますが、このレースほど「無重力」感を感じさせて追っている映像は珍しい。まるで無重力空間に置いてあるトランポリンの上で弾んでいるかのように身体を弾ませながら追っています。

身体を上下に激しく動かす騎手は何人もいますが、ここまで重力を感じさせずにフワリフワリ、ピョンピョンと弾むように追える騎手を私は他に知りません。他の騎手もヨーロピアンスタイルで全身を動かしていますが、コーゼンの追い方(弾み方)だけ異質なことがレースをご覧いただければお分かりいただけると思います。

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これは、最近巷で話題の「キドニーバウンス」ではありません。コーゼンは腰を反らしません。自分の膝のラインより下に腰を落としません。膝の角度でいえば45度あたり(1987年のキングジョージのように膝下が馬体に対して垂直な場合は90度あたり)を維持し続けたまま上に伸び上がります。コーゼン自身の弾むような上下運動と腕の動きによって馬の伸縮運動を絶妙に補助しているのです。

似た追い方をしているレースは以下。最後にきっちり差し切っています。

・1986 Clerical, Medical Greenham Stakes

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※補足 1985年のイギリスオークス

以下はコーゼンと共に英国牝馬三冠を制したオーソーシャープの1985年イギリスオークスです。このレースのコーゼンの追い方も見事。誇張ではなく、膝から上が無重力空間で弾んでいるかのような直線の追い方。完璧な鞍はまりと微動だにしない膝下があればこその全身の使い方、追い方です。こんな風に乗られたら、馬はさぞ気持ち良いだろう、動きやすいだろうと唸らされる追い方。ちなみに、離れた2着はジャパンカップにに2年連続で参戦し、前哨戦として使った富士Sを圧勝した名牝トリプティクです。

◆1985年 イギリスオークス(4コーナー~最後の直線のみ)

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・スタートからゴールまで+レース後のリプレイ付き

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「逃げて差す」かのような「変化自在の逃げ」-逃げる→直線までに後続に交わさせる→そこから差してくる-

日本では横山典弘騎手が、逃げて一度後続馬に交わさせ再び先頭に立つレース(2014年の安房特別や2014年の京都記念など)、逃げている馬の位置を一度下げたあと(主に残り800~400m付近で先頭を譲ったあと)ゴール前で差し切るレースを行い「逃げて差す」「変化自在」「神騎乗」などと評される騎乗を行うことがありますが、コーゼンもこの手の騎乗をよくしていました。実際のところは、両騎手とも「逃げて差している」といった感覚はないでしょう。戦略的な部分もゼロではなかったでしょうが、それ以上に馬の気分やリズムを尊重し、そのうえで他の騎手の仕掛けに惑わされない騎乗を行った結果だと思います。「結果として」逃げて差しているように見えるだけでしょう。

以下の1989年のレース(1989/8/25)はその典型。見事というほかありません。コーナー2回のみ、直線約800mの1マイル (約1600m) 戦。この紛れが生じにくい距離とコースで、以下のような変化自在な逃げを行うことがどれほど難しいことか。

(以下の動画7:40~のレース)

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先にも述べましたが、コーナー2つの1マイル戦、しかも最後の直線が約800mの紛れが生じにくいコースで、この変化自在な逃げを行うことが、どれほど高度で難しいことか。しかも、これだけの騎乗をしながら、奇を衒う様子が一切なくサラッとやってしまうところがコーゼンの凄さであり、恐ろしさです。最後に追い出しを開始するために馬を外へ導く際に、冷静に二段階に分けて外に出し、前の馬に進路を邪魔されないところまで一切の無駄な動きなく瞬時に移動してから追い出しを開始しているところも含めて、圧巻の騎乗です。

コーゼンはレスター・ピゴットやパット・エデリー、日本にもたびたび短期免許で来日したマイケル・ロバーツやマイケル・キネーンらを相手に、このような変化自在な騎乗をして結果を出し続けました。

他のエントリーでも取り上げた以下の1984年ロイヤルアスコット開催中のHardwicke Stakesでは、約2400m (1m4f) 戦でスローに落とし込んで逃げるコーゼン騎乗のKhairpourが、800m通過付近で後続馬にいったん先頭を譲り、残り800m付近から自ら進出を開始して4コーナーでは再び先頭。更に直線でレスター・ピゴットのジュピターアイランド (Jupiter Island, 1986年のジャパンカップ優勝馬)に一度交わされるも、コーゼンは最後までリズムを崩さず追い続け、残り100m地点で差し返して勝利を収めたレース。逃げ馬に騎乗して二度も先頭を譲りながら、一分たりとも馬のリズムを最後まで崩させず、それでいて積極的に自ら動き、自在に馬を操って勝たせた圧巻のレースです。最初から最後までレースの主導権を握り、能動的にレースを支配しているのはコーゼン。まさに天才の騎乗。

・1984 Hardwicke Stakes(以下の動画5:14~)

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この日のロイヤルアスコット開催には、アメリカからビル・シューメイカーも参戦していました。その超豪華メンバー、レスター・ピゴットやビル・シューメイカーらの名だたる名手たちを翻弄するかのような、24歳のコーゼンによる名騎乗ですね。それにしても、コーゼンは一度交わされてからゴール付近で再び先頭に立つ勝ちパターンが本当に多い。

800m通過付近で一度交わされる

4コーナー付近から進出開始

4コーナーを先頭で回る

残り400m地点でレスター・ピゴット騎乗のJupiter Islandに交わされる

残り100m付近で再び先頭に立つ

ゴール後すぐにコーゼンに近寄って話しかけているのがビル・シューメイカーです。とても美しい光景。1978年に18歳でアファームドとともに三冠を勝ち取った後、スランプに陥ってアメリカを離れた天才少年が、その6年後に、異国の地でこれだけの騎乗をしてみせた。コーゼンより30歳年上のシューメイカーも感嘆したのでしょう。この部分だけでなく、ロイヤルアスコット開催でレスター・ピゴットとビル・シューメイカーが共闘している姿が映っている部分も含めて、資料的な意味においても、この動画(映像)はとても貴重だと思います。

つづいて、以下の1990年レーシングポストトロフィー(2歳G1)も、道中は逃げて先頭から、直線ではいったん他馬を先に行かせ、最後の最後にハナ差だけ図ったように差し切ったレースです。

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コーゼン22歳のときのレースである1983年 Newbury Spring Maiden Stakes (1m3f, 約2200m) も凄いです。 

このレースを見ても、コーゼンが馬のリズムを完璧に掴み、そのリズムを最優先させ、なおかつレースの流れを把握して支配できる真の天才だとよく分かります。

先手を主張する他馬に絡まれ2番手→直線を向いて先頭→すぐに他の馬がコーゼンの馬を交わし2番手→残り400mを切ってから慌てず追い出す→もう一頭別の馬が追い込んでくるがコーゼンの馬も伸び続ける(3/4馬身差まで詰め寄られたところで手前を右から左に変えさせてもうひと伸び。鞭を入れている姿勢から手を手綱に戻し、また鞭を打ち始めますが、手綱に戻しているときに手前が変わります。手前が変わってからもうひと伸びして1馬身差まで再び離す)→1馬身差で勝利

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直線向いて先頭

いったん他馬に交わされる

一切慌てずに残り400mを切ってから追い出し開始

後続からもう一頭追い込んでくる(鞭を入れて追い続けている)

鞭で追うのを止めて手綱に手を戻す(馬はまだ左手前)

ここで左手前に変える

手前を替えてから再び鞭を入れ始める

もうひと伸びして1馬身差できっちり勝利

コーゼンは「逃げ」でヨーロッパのレースを勝ちまくりました。英ダービーや仏ダービー、愛ダービーなどのクラシックレースでの逃げでの勝利は有名ですが、他のG1レースなどでも絶妙のペース配分と駆け引きを武器に、逃げて勝ったレースが山のようにあります。これだけ多様な「逃げ」によってヨーロッパで勝利を収めた騎手は、他に一人も存在しません。同じくアメリカからヨーロッパに移籍して大活躍したキャッシュ・アスムッセン (Cash B.Asmussen) も逃げでの勝利はコ―ゼンほどありません(大レースでは特に)。「アメリカの騎手だからヨーロッパの騎手より逃げに抵抗が無かった」といった理由で逃げて勝ちまくることが出来たわけではないのです。

◆1985年 イギリスダービー(スリップアンカー)

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※1985年ダービーの別アングルからの映像(以下の動画18:20~)。

コーゼンの鞍はまりが異次元であることがよく分かります。

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◆1987年 イギリスダービー(リファレンスポイント)

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◆1987年 英セントレジャー(リファレンスポイント)

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◆1989年 アイルランドダービー(オールドヴィック)

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◆1989年 フランスダービー(オールドヴィック)

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◆1992年 アイルランドセントレジャー(マシャーラー)

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コーゼンはイギリスでも "clock on the head" と称されるように、ペース判断能力(いわゆる体内時計)が正確無比といえる程ずば抜けて優れていたという側面も、確かにあるのでしょう。ただ時計と言っても「1ハロンxx秒、1000m通過x分x秒」といった数字的な把握ではなく、自らが騎乗する馬のリズムとレース全体の流れを同時に、かつ誰よりも正確に掴めたのだと思います。それこそがコーゼンの天才たる所以です(そうでなければ、同じコース・同じ距離でも天候によって10秒近く勝ち時計が変化する欧州で、これだけ自在に逃げて勝てるはずがない)。そして、おそらくコーゼンは、自らの馬が使える脚の量(どれくらい脚が残っているか)とゴールまでの距離を他の騎手以上に、正確に把握できていたのだと思います。ですから、他馬の仕掛けに惑わされることが無い。自らの馬の脚を使わせ切ってゴールさせることに集中している。これもコーゼンの天才といえる部分でしょう。

自らの馬が使える脚を正確に把握し、他の騎手に惑わされず自分の馬の脚を使い切ることが出来るという意味では、逃げではなく道中2番手で進めたレースではありますが、以下の2レースも「同じこと」をしているといえるでしょう(他のエントリーで取り上げた1983年のレースと、1990年にJCに来日したBelmezで勝利したレース)。

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コ―ゼン以前にも以後にも、欧州でこれだけ多彩な「逃げ」で勝った騎手は一人もいませんし、おそらく、今後も二度と出ることはないでしょう。

※コーゼンの逃げを集めた別のエントリーは以下です。

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コーゼンの追い方を「スロー再生→通常再生」で確認する-全身(拳、腕、足腰)の連動、馬のリズムとの完璧な同期-

以前から述べていますが、コーゼンの凄さは福永洋一やイヴ・サンマルタンと同等の足腰(鞍はまり)で、膝から上が馬の伸縮運動のリズムに寸分の狂い無く同期して上下に弾み、腕(指先)が全身の他の部位と連動して動くところです(拳や腕の使い方はランフランコ・デットーリやジョアン・モレイラのそれに引けを取りません)。身体の各々の部位が理想的といえる状態で、全身で馬を追える、全身で馬の動きを補助できるところです。

以前はコマ送りの画像を貼ったのですが、以下に「スロー再生→通常再生」の順で、イギリス時代とアメリカ時代のコーゼンの騎乗フォームを確認できるようにしました(最後の直線の映像のみ)。動画は手取りで画質が悪く申し訳ないのですが、コーゼンの追い方の凄さを理解する際に少しでも参考にしていただけたら幸いです。

これも以前に述べましたが、スローで見ると隣の騎手の2倍は上下に身体を動かしている(弾ませている)のに、通常の映像ではそこまで動いているように見えません。これは馬の動きのリズムとコーゼンの動きのリズムが完璧に同期し、かつ膝下が馬体に突き刺さっているかの如く微動だにしないためです。これはアメリカ時代も同様です。

◆イギリス時代

①1987年セントレジャー、②1988年コヴェントリーS、③1987年クイーンズヴェース

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④1987年イギリスダービー⑤1987年キングジョージ

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◆アメリカ時代

①1978ベルモントS②1978ハリウッドダービー(アップ映像)③1978ジムダンディS

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いったん交わされてから馬を伸ばして勝たせたレース集 -最後まで脚を使わせ切るコーゼン-

以前のエントリーでコ―ゼンの「逃げて差すかのような変化自在な逃げ」を取り上げましたが、ここでは逃げも含めて「いったん先頭に立った後、他馬に交わされ、そこから再び馬を伸ばして勝たせたレース」をまとめて載せておきたいと思います。もちろん「再び馬を伸ばす」といっても、実際は他馬の騎手が急仕掛けしてもコーゼンが惑わされず相手がバテたケース、後ろから来る馬を待って全開状態にしないままじっくり追い続けたコーゼンの馬が最後まで伸び切ったケース、コーゼン自身が明確に追い方を変えて馬を伸ばして差し返していることが分かるレースなど、様々なケースがありますが、とりあえずまとめて載せておきます。ただ、ここでも再度強調しておきますが、コーゼンは他の騎手の仕掛けに惑わされません。自らの馬のリズムを守り、完璧と言えるタイミングで動き出すことができる。これもコ―ゼンの凄さのひとつです。

・1992 Fielden stakes

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※一度交わされたあたりをよく見ると、交わされてからコーゼンが重心(腰)をギュっと下げて追っている(追い方を変えている)ことが分かります。相手が勝手にバテたから差し返えしたわけではありません。コーゼンの対応が無ければ負けていたでしょう。

・1992 Thresher Classic Trial

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・レース名不明(パット・エデリー騎乗馬とのマッチレース)

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・1992 Earl Of Sefton Stakes

1着はコーゼン (Sure Sharp)、2着は当時21歳のランフランコ・デットーリ (Adam Smith)。この二人の叩き合いです。

ラチ沿いの白と赤の縦縞の勝負服・黄色帽がデットーリ

馬群中央、コーゼンの一頭分後ろにいたデットーリが、左側に一頭分のスペースが出来た瞬間にスッとそこに移動。そこからラチ沿いを抉るように、先頭のコーゼンを含めた先団の馬たちを出し抜くように残り600m付近で一気に先頭。しかしコーゼンはデットーリの動きに惑わされず、自分の馬のリズムを崩さずに追い続け、きっちり抜き返してゴールイン。デットーリの馬群捌きや、コーゼンとデットーリの叩き合い、腕も含めて全身をしならせるように使い全身で馬を追う二人のフォームも見どころです。

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・1985 Queen Mary Stakes

コーゼンとレスター・ピゴットの叩き合い。最後に差し返してコーゼン (Gwydion) が1着。何度も何度も繰り返し指摘していることですが、普通の速度で見ると身体を動かさずに追っているように見えるコーゼンが、横にいるピゴットの倍近く上下に身体を弾ませながら馬の動きを補助している(ピゴットはピゴットで、腰を細かく正確に動かしている。ピゴットが劣ると言っているわけではありません。念のため)。スロー映像でのレース回顧もついているので是非ご確認いただきたいのですが、それでも動いているようにあまり見えないので、再生速度0.25まで落としてご覧いただきたいです。この膝と膝下、上体の使い方はまさに天才の動き。

レスター・ピゴットとの叩き合い

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・1987 Royal Lodge Stakes

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・1989 Tattersalls Musidora Stakes(騎乗馬はラムタラの母馬であるスノーブライド)

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・1988 Burtonwood Brewery Summer Trophy

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・1988 Racecall Acomb Stakes

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※番外編

・1977 Futurity Stakes

アファームドとアリダーのマッチレースは1978年のベルモントSが有名ですが、1977年の2歳時にもあります。このレースでも、アリダーが一度先頭に立った後、コーゼンとアファームドが差し返しています。接戦に強いアファームドが凄かったといえばそれまでですが、17歳のコーゼンの冷静な騎乗ぶり、完璧な動き出しのタイミング、背中が真っ平なままの道中の姿勢、下半身がブレずに上半身が弾む追い方…本当に見事です。

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以前のエントリーでも取り上げた以下の2レースも再掲しておきます。

・1983 Royal Lodge Stakes

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・1990 Great Voltigeur Stakes

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「繊細」かつ「大胆」、真の意味で「正確」な騎乗②ーディミニュエンド (Diminuendo) と制した英・愛オークス、アラジ (Arazi) と制した最後の重賞制覇 ほか ー

先のエントリーで、コーゼンの騎乗はとにかく「丁寧」で「繊細」、それでいて「大胆」、本当の意味で「正確」な騎乗だと書きました。

その観点から言うと、ディミニュエンド (Diminuendo) で勝利した2つのオークス (1988) も素晴らしい。1988年のイギリスオークス (12f, 約2400m, エプソム競馬場) の最後の直線でも、本当に丁寧に馬を動かしています。イギリスオークスを含めてGⅠを3勝することになるディミニュエンド (Diminuendo) に騎乗して圧勝したレースです。このイギリスオークスでの最後の直線、馬群の大外から一気にラチ沿いに切れ込んでいくのですが、その切れ込み方、進路の取り方が、あまりに鮮やかで全く無駄が無いのです。最後の直線を向いてから、外から内へ一頭いっとう、内側の馬の横にピタっと付ける→内側の馬が下がる→瞬時に内側の馬の前を横切り、その内にいる馬のよこにピタっと付ける・・・を繰り返して内ラチ沿いに進出。圧勝するだけの脚がある馬で、不利なく内側に移動するなどトップジョッキーにとっては当たり前の技術と言われればそれまでなのですが、コーゼンは本当に他馬に一切の不利を与えずに、隣の馬より前に出た瞬間、進路ができた瞬間にスッと横に動くのです。しかも馬の首と顔は正面を向いたまま横に「ビュン!」と動く。馬の姿勢も、コーゼンの姿勢も全く乱れることがありません。ここまで時間的・空間的な無駄がなく馬の進路変更を行える騎手は、本当に稀だと思います。

◆1988年 イギリスオークス

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大外から進出開始。内側の白い勝負服の馬が下がるのを待つ。

白い勝負服の馬が下がった瞬間に内側へ一頭分進出、隣の緑の勝負服の馬の横へ。
(緑の勝負服の馬の横ではいったん止まっていないように見えるが、よく見ると実際はほんの一瞬、止まって緑の馬が下がるのを待っている)

緑の勝負服の馬が下がった瞬間に、その前に進出。

瞬時に白い勝負服の馬の横へ移動。白い勝負服の馬が下がるのを一瞬待つ。

白い勝負服の馬が下がった瞬間、その前の進路へ移動。

全ての馬を「舐めるように」交わし、そのまま独走態勢へ。

イギリスオークス後に出走したアイルランドオークス (12f, 約2400m, カラ競馬場)でも、外から内側に切り込む際に、接触スレスレのところで隣の馬の前に出ている。そして内から進路を主張する馬の邪魔をしないまま先頭に接近。そして本格的に追い出し開始。追い出し開始時は長手綱、最後の追い比べでは短い手綱と、手綱の長さを自在に変えて追っている。その切り替えも鮮やかです。最後はなんと1着同着。

◆1988年 アイルランドオークス

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長手綱で追い出し開始

となりのシャドーロールの馬をほんの僅か前に出てから交わす

内から進路を主張する馬(赤帽)を邪魔しないまま馬を追う

残り200m手前でパッと手綱を短く持ち直す

残り200mから本格的に追い出し開始

最後は同着でゴールイン

最後に、1992年10月4日、引退直前のコーゼンによる、最後の重賞制覇の騎乗について。コ―ゼンはロンシャン競馬場の Ciga Prix du Rond-Point (ロンポワン賞)を、前年1991年のBCジュヴェナイルを圧勝して「セクレタリアトの再来」だと大騒ぎになったアラジ (Arazi) と勝利しました。4コーナーを回り、左前の緑の勝負服に進路を取られないよう「スッスッ」と手綱を動かして進路を確保し、すぐに手を元に戻す。そのままアラジが先頭に立つと、慌てることなく、そこから本格的に追い出しを開始。その際、追いながら手綱をスルスルと長めに持ち直し、じんわりと追い出しているところも本当に丁寧です。これはアラジが気性の荒い馬で、ハミが「ガツン」と当たらないようにするためでしょう。

◆1992年 ロンポワン賞(最終コーナー~最後の直線のみの映像)

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軽く手綱を動かしてアラジの進路を確保

進路確保後、すぐに手を「持ったまま」の状態に戻して、追い出しをギリギリまで待つ

残り400mを切ってから、あらためて本格的に追い出しを開始。

手綱を少し長めに持ち替えて、じんわりと追い出す。

これが現役最後の重賞制覇

ブッちぎりの圧勝ですが、ここでも「粗さ」も「荒さ」も一切ない進路確保と馬の誘導、追い出しのタイミング。そして、ディミニュエンドのアイルランドオークスとも共通する、手綱の扱い方の的確さと鮮やかさ。40秒ほどの映像ですが、きめの細かい騎乗に感嘆します。コーゼンの騎乗からは、常にと言っていいほど「荒さ・粗さ」を感じることはありません。レース全体を通しての判断や馬上での所作が、時間的にも空間的にも限界ギリギリまで無駄がなく、それでいて思い切りが良い。「美しい」というより「鮮やか」という言葉が相応しい騎乗のような気がします。もちろん、ミスをしない騎手など一人も存在しませんし、大スランプの時期もありました。本人からしたら「上手く乗れなかった」と感じたレースの方が多かったのでしょうが(コーゼン本人に聞いたら『ほとんどのレースは納得していない』と答える可能性もある)、コーゼンが引退してから30年以上が経った今の時点から見直しても、これほど「正確」で「鮮やか」な騎乗を行うことができた騎手が存在したことに、レースを見返せば見返すほど、私は驚かされるのです。

1976年にアメリカでデビューしてから16年後の1992年、32歳でスティーブ・コーゼンは現役を引退し、その後、二度とターフに戻ってくることはありませんでした。

※追記 (1991 Newgate Stud Middle Park Stakes)

2着のレースですが、コーゼンの馬群捌きの技術が見られるレースをご紹介します。

1991年の Newgate Stud Middle Park Stakes です。コ―ゼンはシェイク・モハメドの勝負服の馬 Lion cavern に乗っています。残り200mから追い出すのですが、ラチ沿いから4頭分、馬群の外側へ一気に追いながら移動しています。この間、一度もブレーキを踏まず、「ピタッ」と移動後に止まったときも手綱を動かし続け、そのまま最後まで追っています。馬の顔や首も進路変更時に上がったりすることもありません。サラッとやっていますが、これほど見事な進路変更を行える騎手は殆ど存在しないでしょう。

◆1991 Newgate Stud Middle Park Stakes 

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ラチ沿いから追い出し開始

ここで「ピタッ」と止まる(ただしブレーキではない)。
横の移動は止まっても馬の首は全く動かない。

しかも手綱の動きは止めることなく、ブレーキなしでそのまま追い続ける。

何度も書いていますが、道中であれ最後の追い合いであれ、コーゼンが馬群を捌くときは時間的・空間的な無駄がありません。余計に動きすぎて他馬に不利を与えることもない。このレースでも余分に外に出すようなことは一切せず、先頭の馬の右側一頭分のところでピタッと止まる。しかもその際に、馬の顔や首が全く動きません。それでいて追いっぱなしで全力疾走させ続けています。極めて高度な技術です。こういう捌きができるからこそ、40頭立て最後方から馬群を捌いて勝つような神業の如き騎乗ができるのです。