スティーブ・コーゼンの軌跡

英米でリーディングに輝き、5か国のダービーを制覇した天才騎手スティーブ・コーゼン (Steve Cauthen) に関する情報を記載します。

引退後のコーゼンのインタビュー映像集

ここではジョッキー引退後のコーゼンのインタビュー映像をまとめておこうと思います。

以下は、つい先日公開されたコーゼンのインタビュー動画です。コーゼンが幼少期から騎手になるまでの話、アファームドの三冠やスリップアンカーとリファレンスポイントとのイギリスダービーとそれぞれの馬の特徴について、ランフランコ・デットーリとの思い出などについて語っています。

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以下は他の記事でも紹介していますが、2022年のBBCによるインタビュー。キャリア全体の振り返り、騎乗した名馬や記憶に残るレース、印象に残ったジョッキー、引退の理由などについてコーゼン自身が詳しく語っています。

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以下は2025年に公開されたアメリカ人女性ジョッキーのフェリン・ピーターソン(Ferrin Peterson) との対話形式のインタビュー。コーゼンが自身のロールモデルとなった騎手として、同じく高身長だったブラウリオ・バエザ (Braulio Baeza) を挙げています。 

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以下は2018年の3分強の動画。このインタビューは短いですが素晴らしい。

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「引退した日のことはよく覚えている。悲しかった。その後の人生で、騎手時代に経験した以上に良いことを経験することは二度とないと、自分自身が知っていたから」

「自分の両親と兄弟は、いつも自分は『あくまで自分は田舎で育った一人の素朴な青年に過ぎない (I'm just a Walton boy)』ということを教えてくれた。両親と兄弟が、自分を地に足をつけてくれた」

若いときも格好良かったですが、むしろ年齢を重ねてからの顔の方が素敵ですね。

インタビューの表情と声で、引退後も素敵な人生を歩んできたことが分かる。

家族を大切にし、牧場を大切にし、故郷のケンタッキーを大切にして。

過去の栄光をぶら下げて威張り散らしているような人間や、「俺はこんなところにいる人間ではない」などと周囲に当たり散らし、人生の未練を直視せずに「悲惨」や「後悔」をまき散らしているような人間は、絶対にこういう顔と声にはならない。絶対に。

アメリカの早熟タイプの成功者は、その後の人生で破滅的な人生を送ることが多い気がするのですが(偏見か?)、コーゼンを見ていると、若くして花開いた早熟の天才でも、こういう生き方、こういう「その後の人生」があるのかと感じ入ります。

コーゼンが追うときの「正三角形」-馬の首とコーゼンの背中、馬の前脚とコーゼンの膝上-

今までの記事の中でも指摘してきましたが、イギリス時代のコーゼンが馬を追う際、馬が四肢を最大に伸ばしたときにコーゼンの上体も一番高い位置にきます。このとき、コーゼンの背中と馬の首、コーゼンの膝上と馬の前脚が平行になるように追えています(コーゼンの膝上と馬の前脚は一直線上に並ぶといってもよい)。そして、コーゼンの頭・馬の前脚の先端・馬の後ろ脚の先端を結ぶと、結果としてほぼ正三角形の形になります(コーゼンの頭と馬の前脚の先端・コーゼンの頭~背中のラインと馬の後ろ脚の先端・馬の前脚の先端と馬の後ろ脚の先端)。

反対に、馬が身体を縮めきった時は、コーゼンも身体を縮めて折りたたみ、身体が馬の背中にピタっと収まる。最初から身体を縮めて追っている騎手よりも小さくなるくらいに。

そして馬が後ろ脚で地面を蹴った瞬間から、コーゼン自身の上体がまた伸び上がる。

この動きを追い出してから緩めるまでずっと続けるのですが、馬の動くリズムとコーゼンの動くリズム、馬の身体とコーゼンの身体の関係性が狂いません。そして、どれだけ上体を動かしても、膝と膝下の位置も全く動かない。微動だにしません。だからこそ、コーゼンは上体を動かして弾むように追っているのに、映像だと上下に動いていないように見える、他の騎手より身体を動かしていないように見えるのです。くわえて、馬の走り方、馬の首の高さに合わせて毎回コーゼンは追う姿勢を調整していますが、馬とコーゼンの身体の関係性が崩れないのは驚異的です。

以下は具体例です。目安として線を引きました。三角形は大まかなラインです。

・1987 Hoover Fillies' Mile 

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・1987 Windsor Castle Stakes

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※補足

上記の関係で追っていれば、必然的に、以下のように両腕と馬の頭の進行方向も平行(ほぼ一直線上)に並びます。他のレースでも、コーゼンは膝下が動かないまま、馬が四肢を伸ばし切ったときにこの関係性を維持して馬を追えているわけです。

・1991 Coral Eclipse (2着)騎乗馬 (Stagecraft) の首は高め

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・1991 Prince Of Wales's Stakes

ひとつ前のレース騎乗馬 Stagecraft での勝利。

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・1987 Philip Cornes Houghton Stakes 騎乗馬 (Carmelite House) は首が低め

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・1985 Princess Maegaret Stakes (3着) 映像では弾んでいるように見えない

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・1987 Cecil Boyd-Rochfort Maiden Fillies Stakes

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・1987 Tattersalls Middle Park Stakes

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※補足

上記レースにおけるコーゼンの道中と直線での姿勢は、エリモジョージの宝塚記念 (1978) での福永洋一とそっくりです。

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・1987 Bonusprint Easter Stakes

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・1989 King's Stand Stakes

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・1985 Coral Eclipse

ラスト200mをきってぺブルス (Pebbles) が右手前に替わった後が凄い。

ここまで馬と騎手の動きが一体化している映像は見たことが無いレベル。

ぺブルズとコーゼンが一体化して伸縮している。が、コーゼンが上下に動いているようにはあまり見えない。

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・1988 Coronation Cup

名牝トリプティク (Triptych) での勝利。トリプティクも首は高い。

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・1990 Child Stakes

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・1990 Coronation Stakes

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・1989 Princess Royal Stakes

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・1987 Epsom Derby

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・1987 King George

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・1982 Tote Lockinge Stakes

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スティーブ・コーゼンの「逃げ」と坂本敏美の「大外回り」 -馬のリズムを掴む天才二人の到達点-

 イギリス時代のコーゼンが逃げの名手であったこと、逃げを打つことが多かったことはよく知られています。ともにレースをした騎手や関係者らも、コーゼンの逃げの上手さや、ペース配分の見事について盛んに証言しています。イギリスダービー(2勝, うち1勝は空前絶後の大逃げ、もう1勝は残り200mで手前を替えさせてもうひと伸びさせて勝たせた神騎乗)やキングジョージ、フランスダービーとアイルランドダービーも逃げて勝っているため、「コーゼン=逃げ」のイメージは余計に強くなる。実際に当時のレース映像をみると、ダービーなどの大レース以外のレースでも、コーゼンの騎乗馬が逃げていることが、実に多い。勝ったレースとしては、道中競りかけられたり、直線で並びかけられたり、それどころか一度先頭を譲っても、一切惑わされずに自分の馬のリズムで走らせ、きっちり勝たせているレースのなんと多いことか。そして、勝ったレースでなくても逃げていることが多い。このブログでも何レースも紹介していますが、偶然や先入観というには、あまりにも多く「逃げ」を選択している。

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 私は以前から、この事実を不思議なことだと思っていました。ずっと引っかかりがありました。「なぜコーゼンはイギリス時代に、こんなにも多く『逃げ』を選択していたのだろう?」と。他の戦法が苦手だから逃げしかできなかった、仕方なく消去法で逃げを選択していたというなら、理解できます。しかし、このブログでも数多く紹介していますが、先行であれ、差し・追い込みであれ、逃げ以外の戦法でも神業のような騎乗を数多く残していますし、「『逃げ』の評価が際立っているが、実際にはどの位置からでもレースをすることができた」とも評されています。逃げて勝っていた馬を追いこみで勝たせたり、追い込みで勝ってきた馬を逃げて勝たせたりもしている(Cormorant Wood での『追い込み』と『逃げ』や Snow Bride での『逃げ』と『 追い込み』の騎乗など)。1988年の英オークス馬ディミニュエンド (Diminuendo) に騎乗した際は、2戦目のスプリント戦を逃げて勝たせた後は差しに転向させ、オークスも中団から差して圧勝させている。仏ダービーと愛ダービーを逃げで圧勝させたオールドヴィック (Old Vic) の騎乗では、ダービー前の前哨戦①とダービー前の前哨戦②において2番手からレースを進めて、一切掛かる場面なくピタっと折り合いをつけて圧勝させたりもしている。同じ馬で変化自在に戦法を変えて勝たせてもいるわけです。

 これだけ変化自在・融通無碍な騎乗ができるのに、なぜ「逃げ」を選択することが多かったのだろう?他の戦法でも凄い騎乗ができるが、それに輪をかけて逃げが得意だったのだろうか?ヨーロッパ競馬はアメリカ競馬よりスローペースで流れることが多く、コーゼンがアメリカの騎手だから逃げ先行が得意だったということ?それならキャッシュ・アスムッセンだってコーゼンと同じくらい逃げているはずだろう。実際はコーゼンほど逃げていない。コースの特徴を把握して緩急のポイントを見つけるのが上手かったから?それも無いとはいえないが、日本より桁外れに競馬場とコースの数が多く、アメリカと異なり起伏と馬場状態の差が激しいヨーロッパの競馬場で「××競馬場の距離××の逃げのポイント」みたいなことを意識して騎乗していたのだろうか?天候次第で同じ競馬場の同じコースでも時計が10秒も変わるヨーロッパで「今日は極悪馬場だから、1ハロン12.0はやめて12.5くらいでいこう」などと考えて乗るか?そんなことを考えて乗るわけがないだろう。それ以前に、そもそも「逃げが得意」って、厳密にはどういう意味だろう?「逃げが上手い」とか「逃げが下手」とよく言われるが、その本質はなんだろう?…etc.

 このようなことを考えているなか、つい最近、久しぶりに安藤勝己さんと戸崎圭太さんの対談を読み返していて、ハッとしました。

 この対談のなかで、安藤勝己さんが名古屋の伝説の名手・坂本敏美さんの騎乗について「自分の馬のリズムを崩したくないから、あまり馬込みで競馬をさせなかった。小回りの名古屋競馬で、ゲートを出てすぐに外に持って行っていた」という逸話を語られています。前にも読んだことがある箇所で、坂本さんのエピソードも知っていたのですが、ここをあらためて読み返したとき、コーゼンがイギリス時代にあれだけ逃げを選択していた理由が、自分なりに分かった気がしたのです。

 それは「自分の馬のリズムを崩したくない」から。そして、自らの馬のリズムを崩さずに走らせることを、誰よりも上手くできたから。

 コーゼンがイギリス時代に、これだけ逃げていたのも、ひょっとしたら坂本敏美の大外回りと同じ理由だったのではないか。自分の馬のリズムを乱されたくないから、可能であれば先頭に立たせて、馬込みに入れず、他の馬に邪魔をされないポジションで、自分の馬のリズムを守って走らせ、それで勝たせまくっていたのではないか。坂本さんのスタートからゴールまでの映像、大外や最後方から勝たせる映像は目にしたことが無いので、映像を基に検証はできませんが…。

 少なくとも、コーゼンがアメリカの騎手だから逃げが多かったというのは大ウソだということは、このブログで何度も取り上げている自分の馬のリズムを乱さずに逃げて勝たせたレースを見れば明らかでしょう。行った行ったのアメリカ競馬の逃げ先行とは全く異なる逃げです。コーゼンの逃げは、ペース判断ができない・折り合いが付けられないから逃げるのとも、逃げ以外の戦法が苦手だから逃げていたのとも全く異なる天才の逃げです。そして、その天才の核心は、「馬のリズムを正確に把握し、それを崩さずに騎乗できること」。坂本敏美と同じように。名手や天才と呼ばれる一流の騎手であれば、並みの騎手よりも馬のリズムを把握することに長けているものなのでしょうが、コーゼンや坂本敏美は、その把握の肌理の細かさと深さが桁違いだったのではないか。だからこそ、コーゼンはヨーロッパで「逃げる」ことによって、坂本敏美は馬群から自分の馬を離して4~5頭分外を回る「大外回り」によって、自らの馬のリズムを守っていた。守ることができた。それでも勝たせるだけの感覚と技術があった。そういうことではないかと、今の私は考えています。

 しかし、坂本敏美さんの乗り方だけは、理解しようとしても理解できないところがあった。「大した馬じゃないのに、あの人が乗ると、どうしてあんなに気持ちよく走っちゃうんだろう」という不思議さを感じさせるのだ。

 同じレースに乗っていて、それを痛感することが何度もあった。こちらは頭で考えて、完璧な位置取りをして、勝ちにいっているのに、ただススーッと外、外を回ってきただけの坂本さんの馬に負かされてしまう。そんなことが、よくあった。真似しようと思っても、真似のできない乗り方だった。

 たとえば昔、笠松に気の悪いところのあるアラブのオープン馬がいた。誰が乗っても難しい馬で、おれも一所懸命頭を使って乗って、ゴール前でちょこっとだけ抜け出す勝ち方しかできなかった。ところが、坂本さんが乗るときだけは違った。気の悪さを全然見せずに、後続馬を8馬身ぐらいちぎって勝ってしまうのだ。

 ・・・(中略)・・・

 ただ最近になって、ようやくわかってきた部分がある。坂本さんには、独特のリズム感があったと思えるのだ。気の悪い馬が気の悪さを出さないということは、言ってみれば、それは馬に対して急激な変化をつけない乗り方である。馬は、自分のリズムで走ることができれば、レースに嫌気が差したりしない。つまり坂本さんには、その馬が持っている本来のリズムを、直感的に見抜く力があったのだと思う。

 そう考えると、馬群の外、外を回って馬を勝たせるレースが多かったことも、納得がいく。あれは、自分の馬のリズムを、他の馬や騎手に邪魔されたくなかったからだ、という気がするのである。

 坂本さんは、自分が把握した馬のリズムというものを、何よりも大切にして乗った。だから、追い方ひとつにしても、型にはまっていなかった。片ハミだけで追ってみたり、ぶらぶらの長手綱のままだったり。馬の上で独特の動きをするし、決して格好のいいフォームとは言えない。それでいて、馬のリズムとピターッとしていて、道中の当たりにしても、追うときの動きにしても、少しも馬に負担をかけないものだったのである。

 ひとつのパターンにこだわらず、とにかく柔軟に臨機応変に、その馬の個性に合わせて乗っていた。

 ・・・(中略)・・・

 おれはよく想像する。坂本さんの現役時代に、中央と地方の交流が盛んになっていたら、すばらしく盛り上がったことだろう、と。おれが注目されるどころの騒ぎではなくて、本当に凄いことになっていた気がする。

 馬のリズムを大切にする坂本さんの乗り方は、間違いなく中央の芝のレースに適したものだった。中央で乗るようになった今だからこそ、おれはそう断言できる。坂本さんが中央の舞台で大旋風を巻き起こす姿が、自然に瞼に浮かんでくる。

(安藤勝己『安藤勝己 自伝 アンカツの真実』, 2004, pp.133-138)

 

◆1981年 東海桜花賞(2着、5番カズシゲに騎乗)

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◆1990 William Hill Cambridgeshire Handicap

スティーブ・コーゼン版の「前の馬の後ろ足と、自分の馬の前足が絡まないようにぎりぎりのタイミング計ってね、さっと横にずらして抜いたのよ。神業。」

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スティーブ・コーゼンと福永洋一② -モタれる馬を修正する動き-

以前もスティーブ・コーゼンと福永洋一の共通点については何度か書いてきましたが、ここではモタれる馬を修正しながら追う際の、二人の姿勢の共通点について触れておきます。

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両騎手の共通点は、二人とも膝下を全く動かさないまま、モタれる馬を追い続け、それでいてほぼ真っ直ぐ自らの馬をゴールまで走らせ切っているところです。

以下のレースには、右にモタれる馬を真っ直ぐ走らせるように修正しながら、なおかつ膝下が微動だにせず、身体を弾ませて追い続けるコーゼンの姿が収められています。

①1987 Queen's Vase

直線の追い方を見ると分かりますが、直線の途中からコーゼンは手綱を左に引き、自分の重心も左側に置いています。馬が右にモタれるのを修正しながら、それでいて上体を弾ませるように動かしながら追っているのです。それでいて膝下は全く動きません。

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②1978年 京都記念

このコーゼンの直線の動きと同じことをやっているのが、エリモジョージに騎乗した福永洋一(1978年 京都記念)です。福永洋一も膝下を全く動かさないまま追い続け、右にモタれるエリモジョージを真っ直ぐ走らせています。コーゼンは膝下を動かさないまま上下に弾み、福永洋一は上半身は動かさない点は、違うと言えば違う。しかし基本的にやっていることは同じ。この動きが出来る日本人騎手は(というより、外国人騎手を含めて、少なくともJRA所属の騎手は)、福永洋一以外には存在しないでしょう。

福永洋一 エリモジョージ(1978年 京都記念)

以下の動画7:43~(京都記念の直線)。

上記の動きに限らず、以下の動画内に収められている、全てのエリモジョージのレースにおける福永洋一の姿勢が溜め息が出るほど素晴らしい。道中の姿勢も、追い方も、ゴール前で緩めるタイミングも、緩めた後の姿勢も…。本当に100年に一人の天才騎手だったのだと思い知らされます。

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※追記

上記動画8:03~からの鳴尾記念での福永洋一の馬なりでの追い方と緩め方、緩めた後の姿勢と、以下のレースでコーゼンが後続を引き離した後に緩めてからの同じ動きと姿勢。重心、足腰、背中の丸まり。

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③1990 Dalham Chester Vase

以下のレースでは、コーゼンは左回りで左にモタれる Belmez(この年のジャパンカップに1番人気で参戦)を、ひとつめに挙げたレースと同様に膝下を微動だにさせないまま上体を弾ませつつ、真っ直ぐ走らせて勝たせています。

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一流騎手であれば、多かれ少なかれモタれる馬を真っ直ぐ走らせることはできます(ヨーロッパのトップジョッキーはこういうコントロールが抜群に上手い)。しかし、下半身がここまでガシッと動かないままモタれ続ける馬をゴールまで追い続けることができる騎手は、世界的にみても本当に稀だと思います。道中の姿勢も含めた両者のバランス感覚が似ているため、同じようなことをしていて当然といえば当然なのですが…。スティーブ・コーゼンと福永洋一は、モタれる馬を修正する際の姿勢も共通しているのです。

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アファームドのジムダンディステークスのレース映像(スタートからゴールまで)+リプレイ付き

アファームドとコーゼンの、ベルモントステークスでの三冠制覇から2か月後のレースである、ジムダンディステークス(Jim Dandy Stakes, ダート9ハロン、約1800m) 。

アファームドの調教師であるラザロ・ソーサ・バレラが「アファームドのベストレースのひとつ」として挙げるレースです。

長らく最終コーナーからの映像しかなかったのですが、レースの全映像+別角度からのリプレイ映像が見つかったので、ここに載せておきます。

このレースの映像、ずっと見たかったんですよね...いやぁ、投稿された方に感謝申し上げます。

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もうひとつ動画を。以下は一つ年上の三冠馬シアトルスルーとの直接対決(1978年マールボロカップ)直前の、アファームドとコーゼンの映像です。

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完璧な鞍はまりの騎手たち-福永洋一、レスター・ピゴット、イヴ・サンマルタン、ビル・シューメイカー-

スティーブ・コーゼン同様、完璧といえる鞍はまりの騎手たちです。

メモもかねて。こちらは随時更新していきます。順不同です。

①福永洋一

本記事の後半でも触れますが、誇張でなく「1970年代の日本人騎手の中に全盛期のビル・シューメイーカーが混ざっていた」という譬えでよいかと思います。異次元の鞍はまり。

・1976年 神戸新聞杯(トウショウボーイ)

 完璧なレース運び、完璧な鞍はまり。道中の姿勢から異次元。

「足すところも引くところもない騎乗」とは、こういう騎乗のことなのでしょう。

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・1977年 エリザベス女王杯(インターグロリア)

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・1975年 桜花賞(勝ち馬テスコガビー、福永洋一は3着トウホクサカエに騎乗)

テスコガビーがぶっちぎりの圧勝劇を演じた伝説のレースですが、勝ったテスコガビーが凄いのは当然として、ゼッケン12番の3着トウホクサカエの福永洋一が凄まじい騎乗をしています。
道中、最初は最内にいながら、自ら2〜3馬身後ろにスッと下げて、大外を捲ってくる。

12番。最内。ここからスッと馬を下げる。

映像はここで前に戻るが、福永洋一の後ろにも馬がいるなかで自在に馬を動かす。

しばらく映像から消えた後、再度映ったとき。
最内にいた馬がいつの間にか大外にいて捲ってきている。

馬群の外側をピッタリと回って直線では大外。

福永洋一を見ていると、「道中」と「最後の直線」の区別などしていなかったのではないかと思えてくる。二ホンピロムーテーしかり、インターグロリアしかり、ハードバージしかり。とにかく動きたい時・動くべき時にスッスッと馬を前後左右へ自在に動かしている。真の天才騎手とはこういうものなのでしょう。

※共通してみられる「動くポイント」は存在します。たとえば先の2つの桜花賞の残り800m地点、二ホンピロムーテーの菊花賞の第2コーナーなど(トウショウボーイに騎乗して3着だった1976年の菊花賞でもニホンピロムーテーと同じように第2コーナーでスッとポジションを上げています。おそらくニホンピロムーテー同様、トウショウボーイの本質をマイラーだと判断しての騎乗だったと思います)。 ただ、そうしたポイントで動こうと思って動ける騎手、しかも騎乗馬を掛からせることなくリズムを守りながら動ける騎手は、歴代のJRA騎手のなかには他に一人も存在しないと思います。

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1978年、オヤマテスコで勝った桜花賞でも基本的に同じ動きをして勝たせています。

中団後方。馬群の真ん中あたり。ここからスッと2~3馬身位置を下げる。

馬群の真ん中から大外に持ち出して一気に捲ってくる。

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福永洋一 二ホンピロムーテーの菊花賞(1971年)

福永洋一 ハードバージの皐月賞 (1977年)

スティーブ・コーゼン リファレンスポイントのダンテステークス(1987年)
②レスター・ピゴット

1990年に現役復帰した後の水上ボートに乗っているかのようなフォームも圧巻ですが、若い時のピゴットもやはり別格。ニジンスキーのセントレジャーは、全盛期のピゴットの騎乗姿勢が明確に映っていて、人馬の映像ともども貴重なもの。

・1970年 アイルランドダービー(ニジンスキー)

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・1970年 英セントレジャー(ニジンスキー)

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・1991 Breeders Cup Mile

脱税による服役後、54歳で現役復帰して一週間後にBCマイル制覇。道中の姿勢も、仕掛けのタイミングも、直線の追い方も完璧。圧巻の騎乗です。コーゼンもこのピゴットの騎乗を激賞しています。

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・1991 Reference Point Sceptre Stakes

56歳のピゴット。シンガリのピンクの勝負服の馬(You Know the difference)に騎乗しています。このクラスの騎手になると、この年齢でも一頭分のスペースに瞬時に突っ込んで馬群を捌いてきます。コーゼンは騎乗していませんが、デットーリ(3着)、ロバーツ(4着)、エデリー(7着)らを相手に圧巻の騎乗を見せています。ダイナミックな騎乗フォームの騎手は過去現在を問わずたくさん存在しますが、馬を追っているだけでこれだけ他を圧する迫力・オーラを放つことができる騎手を、私は他に知りません。これはコーゼンやデットーリにも無いピゴットの凄みです。もう一点、道中の前傾姿勢も見事です。50代半ばを超えた170㎝以上の騎手が、この前傾姿勢をとっているのは凄いの一言。

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・1992年 アベイ・ド・ロンシャン賞

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56歳のピゴットが、岩田康誠騎手と同等かそれ以上に、腕や足を動かして馬を追っているレースです(ちなみに2着はスティーブ・コーゼン)。

いつも思うのですが、こうしたレスター・ピゴットの騎乗や、腰をスライドさせて追うパット・エデリーの騎乗を見ても、岩田康誠の騎乗を「ダンス」とか「汚い」と言えるのでしょうか?世界を見渡せば、日本国内では珍しいフォームとされる騎手の動きと似た追い方をし、それでいて圧倒的な成績を収めている騎手が、必ずと言っていいほど存在するのです。

・1982 Mill Reef Stakes

ラスト400mの映像(大外の白帽・黒い勝負服)。これも日本でやったら「ダンス」と揶揄されるかもしれません。

膝の開閉を使った腰と上体の上下運動。最近は岩田康誠騎手だけでなく、川田将雅騎手も巧みに使っていますね。

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ピゴットは馬のリズムと一体化して滑らか且つ力みなく全身が動いています。頭で考えてやっていたらこんな動きにはなりません。先のアベイ・ド・ロンシャン賞の動きもそう。日本人騎手で身体を激しく動かしているフォーム(いわゆるヨーロピアンスタイル)で追っている騎手が若手にも多くいますが、その多くは頭で考えて身体を動かしています。だから動きがカクつくか、膝の上下動が激しくなる「悪い上下動」になりがちです。「覚えた振り付けを一生懸命になぞっている動き」と「内側から湧き出る即興の動き」の違いに近い。

・1991  The Indian Turf Invitation Cup

以前のエントリーでも取り上げたレース。1991年にインドに遠征して勝利したレースですが、道中、最後方のラチ沿いを走っている白い勝負服・白いシャドーロールの馬(Delage)に騎乗しています。最後の直線の映像は上下分割になっており、正面からの映像も同時に見れるので、ピゴットが左側に「ギュン!」と一頭分、瞬間移動させる場面を正面から見ることができます。50代半ばを超えてこの捌きが出来る騎手は他に存在するのでしょうか・・・。先のレース同様、追い方も捌き方も桁違いの迫力です。

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※レスター・ピゴット、ビル・シューメイカー、スティーブ・コーゼンが競った1984年のロイヤルアスコット開催については、以下のエントリーで触れています。

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③イヴ・サンマルタン

・1974年 凱旋門賞(アレフランス)

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・1976年 英オークス(ポーニーズ)

逃げ切り。112年ぶり、史上2頭目の英オークス・仏オークス制覇。

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・1982年 凱旋門賞(アキーダ)

道中3番手の13番、アガカーンの勝負服です。

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④ビル・シューメイカー

アメリカ競馬史上最高の騎手として真っ先に名前が挙がる伝説的名手。彼の鞍はまりも異次元です。

・1977年 スワップスステークス(ジェイオートビン)

無敗の三冠馬シアトルスルーが初黒星を喫したレース。負かしたのがシューメイカーのジェイオートビン。逃げていることもあり、シューメイカーの道中の姿勢や追い方がはっきりと、分かりやすく映っています。

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※なお、コーゼンと福永洋一の共通点については以前述べましたが、シューメイカーと福永洋一は、コーゼンと福永洋一以上といえるくらい道中の姿勢も追い方も似ていますですね。身長が150cm前後とシューメイカーと福永洋一の体型が近いこともありますし、シューメイカーはコーゼンと異なり上体を弾ませない追い方で、この点も福永洋一と似ています。50年前の日本で、福永洋一は感覚的に、結果としてビル・シューメイカーと同レベルの鞍はまりで乗っていたわけです。福永洋一が、いかに別次元の存在だったか、この事実からも分かります。

・1964年 フロリダダービー(ノーザンダンサー)

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レース全編(カラー版)の映像は以下。

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・1966年 フラミンゴステークス(バックパサー)

直線で完全に交わされた後、最後の最後にハナ差で差し返す。

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・1980年 ストラブステークス(スぺクタキュラービット)

 不滅のダート10ハロン1:57:8。

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・1986年 ケンタッキーダービー(ファーディナンド)

 伝説の神騎乗。54歳での最年長ケンタッキーダービー勝利記録。

 世界の競馬史上最高の馬群捌きが行われたレースのひとつです。ハードバージの皐月賞が霞むレベル(技術的には福永洋一がこのレースのような馬群捌きを行っても驚かないが)。以下の動画内にもありますが、この時のシューメイカーとファーディナンドの固定カメラリプレイを残したのは本当に素晴らしい。競馬史に残る記録映像です。レース映像だけだと分からない箇所までしっかり見ることができます。

 一筆書きの馬群捌きとはこういうレースのこと。最初から最後まで淀みが無い。進路選択の迷いや距離のロス皆無でスタートからゴールまで貫いている。

 

最内1番からスタート→シンガリに下げる→馬群のあいだを縫って徐々に前に進出→3コーナーから大外に持ち出して最終コーナーを回る→直線を向く瞬間に最内に進路を取る→8番人気で勝利 

 

10:00~ レース

14:40~ ファーディナンド固定カメラのリプレイ映像

1コーナー(残り1600m)から騎手がいなくなって空馬が走っているかのような進路選択。

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「シューメイカーが最後方に下がったのは不利を受けたため」という記述を見かけたことがありますが、それは間違いです。上記固定カメラのリプレイを見れば、シューメイカーが意図的にファーディナンドを1コーナーに入るまでに最後方に下げ、そこから進出していることがはっきり分かります。あくまで能動的な位置と進路の選択だったわけです。

・シューメイカーと福永洋一の姿勢

 ①シューメイカー(外側の2番)

②福永洋一(5番の赤帽)

※シューメイカーの紹介動画

フォームはもちろん、顔もどことなく福永洋一に似ていますね。

シューメイカーの身長は150cm, 福永洋一は155cmです。

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コーゼンの紹介動画は以下。

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※番外編

・1991 Juddmonte Lockinge Stakes

4頭立てのレースなのですが、その中の騎手3人がレスター・ピゴット、スティーブ・コーゼン、ランフランコ・デットーリ(当時20歳)という豪華なレース。もう一人の騎手も、セクレタリアトの引退レース1973年カナディアン国際CSSでセクレタリアトに代打騎乗し、見事に勝利した名手エディー・メイプルです。

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追記: ビリー・ロクナン (Billy Loughnane)

コーゼンのイギリス時代前半について書いた記事でも触れていますが、2026年に Bow Echo とともにイギリス競馬界を席巻したビリー・ロクナン (Billy Loughnane, 2006年3月生まれ) は、ここで取り上げた騎手全てを飲み込むくらいの活躍をするかもしれません。個人的には、デットーリ以来の衝撃。別次元。世界的にみても数十年に一人の天才です。オールウェザーコースで乗っていた見習い騎手時代(当時16歳)から話題になっていましたが、レースセンスも追い方も10代後半の頃から尋常じゃなかった(Youtubeにたくさん動画が上がっているので、まだご覧になっていない方はぜひ一度見てみてください。)。あとは無事にいってほしい。ムーアやビュイック、スミヨンやモレイラを軽々と超えていき、順調にいけば2030年までには(25歳前後には)世界一の騎手と称され、ピゴットやデットーリとさらに本格的に比較されるようになるでしょう。

・アップ映像のショート動画2つ (Bow Echo 騎乗時)

もう2026年、20歳の時点で、ライアン・ムーアより上手いんじゃないですかね…。

我々競馬ファンは、これから数十年に一人の真の天才の騎乗をリアルタイムで見ることができるわけで、幸運なことです。あとは、とにかく無事にいってほしい。それだけです。

ランフランコ・デットーリ(19歳、1990年 クイーンエリザベス2世ステークス)

あらためて見ても、デットーリも化け物ですね。ピゴットもコーゼンも、10代の時点で(というか、初めて彼の騎乗を目の当たりにしたときに)間違いなくデットーリの才能に気づいていたはず。

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スティーブ・コーゼン(19歳、1979年 イギリス2000ギニー)

アメリカからイギリスに渡ってから1か月半後に、7番人気の Tap On Wood で大本命馬 Kris を打ち負かしたレース。渡英してから45日程度の時点でフォームが完全に変わっており、それでいて馬とのリズムも軸も全くブレていない。超人的な馬上でのバランス感覚とリズム感。こちらも化け物です。

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コーゼンのレース

コーゼンのレースとしては、他に以下の2レースを載せておきます。

・1991年 Warren stakes (Peaking opera)

5頭立てシンガリポッツンからの競馬。道中の姿勢や直線の追い方がアップで写っています。

4番手を走る馬の鞍上はレスター・ピゴットです。

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※高画質版

・1987年 Jersey Stakes (Midyan)

最後アップになるときの足腰。ゴムの様に伸縮する膝。連動して動く腕と上半身。

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・1989 Princess Royal Stakes

ラムタラの母馬スノーブライドでの勝利。最終コーナーからの映像なのですが、画質が悪く動きがカクついているからこそ、コーゼンの微動だにしない下半身、全身を使って追うという表現が相応しい上体の動き、そして何より腕と拳の使い方の素晴らしさが映っています。ロイヤルブルーの勝負服ということもあり、ランフランコ・デットーリかと見紛うほど腕の使い方が鮮やかです。コ―ゼンは腕や拳の使い方も見事。ランフランコ・デットーリやジョアン・モレイラに引けを取りません。

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1979年~1985年-渡英後3週間でフォームチェンジと初騎乗初勝利、渡英後1ヶ月半で2000ギニー勝利、史上初の英米リーディング達成と英米ダービー制覇達成、英牝馬三冠達成-

渡英して3週間でフォームチェンジしてイギリス初騎乗初勝利。

渡英して1ヶ月半で2000ギニー制覇。

漫画みたいな話ですが、これをコーゼンはあっさりとやってのけました。

イギリスに渡ったのは1979年3月。

前年の1978年、18歳のコ―ゼンはアファームドに騎乗し、アメリカの牡馬三冠を達成しました。しかしその直後から、コーゼンは体重管理からの精神的ストレスなどによる影響で110連敗するなど、それまでの成功の反動かのような大スランプに陥ります。

◆18歳のコ―ゼンが騎乗したアファームドの三冠レース

(特に三冠最後のベルモントSは1400mに渡る世界競馬史上最高のマッチレースで必見)

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・1978年ベルモントSの別アングル映像

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1979年。アメリカ牡馬三冠達成の翌年、コーゼンはイギリスに渡ることを決断します。

といっても、1979年も2月まではアメリカで騎乗していました。しかし、前年からの体重管理によるスランプから抜けられず、アファームドの主戦を降ろされるなど、状況は好転しませんでした。そんなとき、イギリスの馬主ロバート・サングスターから体重管理がアメリカより厳しくないイギリスで騎乗しないかという誘いをコーゼンは受けます(1年間の騎乗契約依頼)。そこでコーゼンは、新たな刺激や復活のきっかけを求めて、1979年3月にイギリスに渡りました。

渡英から3週間後の1979年4月7日、コーゼンはイギリスで初騎乗初勝利を挙げます(中央の赤い勝負服の馬)。この角度の映像だと分かりずらいですが、この時点、つまり初騎乗の時点でコ―ゼンのフォームは変わっています。よく見ると膝の角度が90度に近い状態(つま先~膝~腰で90度の角度を形成)に変化し、馬の動きに合わせて膝を支点に身体を上下に伸縮させています。アファームドの騎乗姿勢と比べると明らかですが、渡英後3週間で、アメリカ時代の騎乗姿勢、支点の作り方と全く異なるフォームに変化して初騎乗初勝利を果たしたのです。



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コーゼンはイギリスに渡ると決断したものの、「いつアメリカに帰ることになってもおかしくないと考えていた」とインタビューで答えています。しかし、初騎乗初勝利という最高のスタートを切ったわけです。

もっとも、イギリスの競馬場の数は多く、コース形態も日本やアメリカより遥かに多様です(起伏や芝の状態がコースごとに全然違う)。約35ヵ所もあるコース全ての特徴を理解するまでには3年を要したとコ―ゼンは語っていますし(それでも尋常ではない速さだと思いますが)、初勝利後もフォームの修正や改良は続けています。

(※以下のインタビューを参照

Welcome Back, Kid - Sports Illustrated Vault | SI.com

Racing Greats - Steve Cauthen - Racing TV - YouTube)

初騎乗初勝利から1ヶ月後、渡英から約1ヶ月半後、アファームドでの三冠達成から約10ヶ月後の1979年5月5日、19歳になったばかりのコーゼンは、イギリスの2000ギニーをTap On Woodで勝利します(21頭立て20番枠、道中は馬群大外の最後方)。日本式でいえば単勝20倍くらいの人気薄の馬で、圧倒的一番人気の無敗馬クリス (Kris) を負かしました。こちらの映像は分かりやすいですが、フォームが完全にヨーロピアンスタイルに変わっています。膝下が馬体に対して垂直に近い状態のまま微動だにせず、上体(膝から上)は弾むように上下に動きながら、軸も上下動のリズムも一切乱れないコーゼン独特の追い方で、いきなりイギリスのクラシックレースを勝利しました。

先頭の騎手がコーゼンです。渡英から2か月後の時点でフォーム変化はほぼ完成しています。



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※アメリカ時代とイギリス時代のコ―ゼンのフォームについては、以下の2つのエントリーをご参照ください。

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道中は最後方に控え、圧倒的一番人気クリスにプレッシャーをかけながら早めに進出。出し抜けをくらわすように先頭に立って押し切り勝ち。1か月半前までイギリスで乗ったことすらなかった19歳の騎手がこの騎乗で2000ギニーを勝ったのですから驚くばかり。

フォームを3週間で変えたことも凄いですが、レース体系の変化に適応する能力、仕掛けのタイミングやレースの流れを瞬時に把握するレースセンスが高くなければ、初騎乗初勝利から1ヶ月で2000ギニーを勝つことなど絶対にできません。コーゼン自身は「19歳という若さがアドバンテージだった。若い時期だから異なる環境に適応することができた」と語っていますが、それだけでこの結果を出せるものではありません(ただ、逆にといいますか、コーゼンの逸話を知ると、40歳を超えて地方から中央へ移籍し、乗り方を変えて全く異なるレース体系に適応し、圧倒的な成績を残した安藤勝己の凄さもあらためて分かります)。

武豊騎手がコーゼンのアメリカ時代とイギリス時代のフォームの違いの凄さを語ったインタビューがありますが、フォームが違うだけでなく、フォーム変化の速さ、異なるレース体系やコースへの適応能力が桁違いです。

number.bunshun.jp

※コーゼンが勝利した2000ギニーに関する英文記事(George Selwyn’s 2,000 Guineas memories - The Owner Breeder)

※45分にわたるコーゼンのドキュメンタリー番組のまとめ(ヘンリー・セシルのインタビュー等もあり)はこちら。

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  以下に載せる同年6月のアスコット競馬場でのGold Cupは3着に敗れますが(最内枠の緑の勝負服)、このレースでも直線の追い方だけでなく、アメリカ時代の静止画像のように真っ平で水平な姿勢とは異なる姿勢のコ―ゼンを見ることができます。

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 同年11月、コーゼンは大井競馬場に招待され、2週間計4日間、大井競馬場で騎乗しました。他のエントリーにも載せましたが、その時の貴重な映像が残されています。

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・1980年 セントサイモンS(コーゼン20歳 逃げ切り)

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2000ギニー勝利後も着実に勝ち星は挙げていき、G1も勝利していきますが、その後しばらくはイギリス(ヨーロッパ)ではクラシックレースなどの「ビッグレース」を勝つような機会には恵まれませんでした。

転機となったのは、他のエントリーでも取り上げた1983年のDubai Champion Stakesでの「神騎乗」、コーゼンの代表的な騎乗として必ず取り上げられる、20頭立て最後方から馬群を捌いて勝利した、23歳のコーゼンによる圧巻の騎乗です。

◆1983年 Dubai Champion Stakes

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このレースを機に多くの関係者から声がかかるようになったコーゼンは、1984年に初めてイギリスでリーディング(チャンピオンジョッキー)を獲得することになります(1985年、1987年の合計3回獲得)。アメリカとイギリス両方でのリーディング獲得は史上初で、現在までコーゼンただ一人がもつ記録です。

翌年の1985年、後にフランケルも管理することになる名調教師ヘンリー・セシルとコンビを組み、25歳でイギリスダービーを69年ぶりの逃げ切り、それも大逃げで勝利します。このとき、世界の競馬史において初めてケンタッキーダービーとイギリスダービーの双方を制した騎手が誕生しました。

◆1985年 イギリスダービー Slip Anchor

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※1985年ダービーの別アングルからの映像(以下の動画18:20~)。

コーゼンの鞍はまりが異次元であることがよく分かります。

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◆1978年 ケンタッキーダービー Affirmed

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また同年1985年は、Oh So Sharpで牝馬三冠を達成し、アメリカでは牡馬三冠、イギリスでは牝馬三冠を達成した年でもありました。今のところ、これがイギリスにおける最後の牝馬三冠です。

◆1985年 コーゼンとオーソ―シャープ (Oh So Sharp) による牝馬三冠レース(イギリスの牝馬三冠目は牡馬と混合のセントレジャー)

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史上初の英米両ダービー制覇達成、英国牝馬三冠達成、二度目のイギリスリーディング獲得(年間195勝)・・・1985年は、コーゼンのキャリアの中でもピークといえる年です。

しかし同時に、20代半ば~後半に入ったこの頃から体重調整がさらに厳しくなり、精神的にもかなり消耗した結果アルコール中毒といえる状態に陥り、アルコールと体重の管理のために専門家のケアを受ける状態にまで追い込まれ始めていました。もしかしたら25歳前後の時点で、コーゼンは自身の残りのキャリアは長くないと考えていたのかもしれません。

本ブログでも取り上げていますが、イギリスダービーでの大逃げ圧勝も含めた「ペースメーカーの存在無視の果敢な逃げ」によるヨーロッパの大レースの数々の勝利、逃げを打ちながら後続に一度交わさせて再度追い込んでくる「逃げて差す」かのような「変化自在の逃げ」、自在な位置取りと脚質転換、20頭立て最後方から馬群を縫ってゴボウ抜き、40頭立て最後方から馬群を縫ってゴボウ抜き、道中の位置取りから仕掛けのタイミングまで一分のミスもないアメリカ牡馬三冠での騎乗、ベルモントSでの伝説のマッチレースと鞭の持ち替え・・・。コ―ゼンが見せたレースの「極端さ」の幅は、レスター・ピゴットやランフランコ・デットーリをも上回ると思います(映像は残っていませんが、デビューから約1年後の16歳のとき(1977年4月)、レース序盤のコーナーで鞭を落としてしまったあと、いっさい慌てることなく離れた最後方を進み(ポツン騎乗)、直線を向いても最後方、そこから馬群を離れた外も外、大外の大外に進路を取り、右手を鞭の代わりに使用して馬の首を叩きながら馬を追い、最後方から大外一気の追い込みを決めて勝利したそうです。リンク先の記事にも書かれていますが、このデビュー1年後、16歳の時期のコーゼンの騎乗を、アメリカの殿堂入り騎手パット・デイが激賞し、後輩のコーゼンに向かって直接賛辞を送っています)。しかし、レースだけに集中して乗れた期間は本当に短いものでした。コ―ゼンと同時に騎乗していたイギリス人騎手マイケル・ヒルズは「1985年からの約3年間は文句なしに世界一の騎手だった」と語っています。それは裏を返せば、1980年代後半、30歳になる前の段階で、騎手としてのピークは過ぎていた、下降気味だったということでしょう。

なお、2024年時点では、ケンタッキーダービーとイギリスダービーを両方制した騎手は、スティーブ・コーゼンただ一人です。しかし、ケンタッキーダービーとイギリスダービーの両方を制する騎手は、今後、再び出てくる可能性はあると思います(遠征などの一発勝負で勝利することも可能なため)。しかし、アメリカとイギリスという、競馬大国かつレース体系が全く異なる二つの国でリーディングを獲得する騎手は、二度と出現しないと私は思います。日本ではあまり取り上げられませんが、コーゼンが残した功績は、それくらい、競馬史上に残る偉業なのです。

追記:

16歳の頃から話題となり、2025年に19歳でイギリス国内222勝をあげたビリー・ロクナン (Billy Loughnane) 。ひょっとしたら、彼が史上二人目のイギリスダービーとケンタッキーダービーの両ダービー制覇を成し遂げるかもしれません。

フォームは違いますが、顔の雰囲気や飛びぬけたレースセンスはコーゼンに似ていますね。本能的に馬のリズムに掴んで、コースや距離、馬場に関係なく変化自在のレースが出来る数十年に一人の天才です。私個人としてはデットーリ以来の衝撃。モレイラやスミヨン、ムーアやビュイックらを超える才能。デットーリやピゴットの領域に経歴的にも入っていくと思います。繊細さと大胆さ、大一番での勝負強さとフェアな騎乗を兼ね備えているところもコ―ゼンと似ている。

このままトラブルなく順調にいけば、2030年前後、25歳になる頃には名実ともに世界一の騎手と呼ばれているはず。フォームでいえばまず道中の姿勢からして凄い。スプリント戦でも長距離戦でも、股関節と膝を微妙に開閉させ、道中の時点からロクナン自身が身体を弾ませて馬への負担を極限まで減らしています。以下のレースの動画はシンガリからのレースなので特に分かりやすい。一人だけ道中身体が柔らかく微妙かつ絶妙に動いているのが分かると思います。乗っている場所は同じですが、背中も下半身も微動だにしないコーゼンや福永洋一とはそこだけ違う。これも頭で考えてやっていたら馬に負担をかけるだけです。本能的にこう乗ると馬が楽に走る、馬がよく伸びることを発見した、というより彼の身体が自然とこの乗り方を身に付けたのでしょう。直線で追っている際の膝の使い方も天才的。追っているときの膝=支点が限界まで小さくなって縮んだまま、上体(膝から上)を馬のリズムに完璧に合わせて動かしています。もちろん状況に応じて膝を開閉させる動きもしている。比較して言えば、ライアン・ムーアより支点が小さく、それでいて膝を細かく繊細に動かして馬の動きを補助できるのがロクナンです。

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以下は上記レースの勝利馬で馬群をこじ開けて勝ったレース。

20歳でこの馬群捌きは見事。このまま成長すれば、コーゼンの1983 Dubai Champion Stakes や1990 William Hill Cambridgeshire Handicap と同等かそれを超えるレベルの神懸かった馬群捌きを大レースで披露してくれるかもしれません。

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ロクナンの道中の姿勢

このレースの直線では、膝を開閉させながら下半身で馬を「掬い上げる」ように動きを補助。腰を反らせる補助ではない(他のレースでは使うこともある)。

私はビリー・ロクナンが世界の競馬界を席巻していくなかで「身体を動かす=悪」という日本の騎乗論を覆してくれることを期待しています。今後さらに比較されるであろうレスター・ピゴットの日本での再注目にも繋がる可能性もある。

スティーブ・コーゼンの唯一かつ最大の弱点だった「体重の問題」がないロクナンには、このまま無事に成長して、世界の競馬史上最高の騎手の一人に上り詰めて欲しいと切に思います。

追記その②:

ロクナンと同い年で、2022年にブラジルでデビューし、現在アメリカに拠点を移しているディラン・マシャード(Dylan Machado)騎手も凄いです。彼の鞍はまりは同郷のジョアン・モレイラ以上です(福永洋一とも似ている。福永洋一との比較でいえば、ヒデハヤテや二ホンピロムーテーに乗っていた20代前半の頃の姿勢と似ている。70年代半ば以降の福永洋一と比べるとまだ甘い)。デビューした年から平場のレースでも抜群のレースセンスを見せていました。まだジョアン・モレイラと成績やレース運びで比較する段階ではないですし、同い年のビリー・ロクナンとも差がありますが、順調に成長すれば、10年後には世界的な名手になっていると思います。

・2025/11/28 アメリカ移籍後で初騎乗初勝利(19歳)

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・2025/6/21 ブラジルでのG1勝利(19歳)

直線、外からぶつけられる中、これだけ冷静に対応して進路を確保し、進路を修正し鞭を持ち替えて勝ち切らせることができる騎手が、現在の日本にどれだけいるでしょうか。鞍はまりも圧倒的。足腰が他の騎手とはまるで違います。これで19歳。

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・2024/7/14 (18歳) 足腰の感じが96年頃のオリビエ・ペリエを彷彿とさせる。

※上記画像のレースは以下の動画51:20~

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参考:オリビエ・ペリエ(1996年チューリップ賞 エアグルーヴ)

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